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11月28日から、『宮崎敬介 新作木口木版画展』開催

2011年11月28日から、「東京 ピンポイントギャラリー」にて、版画家の宮崎敬介氏による『新作木口木版画展』が開催されます。

夜の公園を ひとり歩く
つよすぎる昼のひかりに混乱していた視覚の世界はおだやかになり
意識は目覚め 夜の大気を全身で感じはじめる・・・
繊細で美しい木口木版画による 夜と白昼夢の情景です

新作小版画集「GOOD MORNING」(4点組・限定15部)などが出品されるようです。

2011年11月28日(月)~ 12月10日(土)会期中無休
11:00 ~ 19:00 土曜日、日曜日は17:00まで 

宮崎敬介 新作木口木版画展
http://www.pinpointgallery.com/cn8/cn101/miyazakikeisuke2011.html

ピンポイントギャラリー – アクセスマップ
http://www.pinpointgallery.com/aboutus.html

宮崎吾朗インタビュー「存在感大きい父」

中央日報のサイトで、宮崎吾朗監督のインタビューが公開されました。一部を引用します。
『借りぐらしのアリエッティ』を誘われていたというのは、ちょっと意外でした。

詳細は、中央日報サイトでご覧ください。

宮崎吾朗監督「存在感大きい父・宮崎駿が私の作品に涙」(1)
http://japanese.joins.com/article/149/144149.html


「思春期は父と比較されることを本当に嫌った。何をしても‘宮崎駿の息子’という声を聞いた。大学もわざと地方に行った。そこではみんな知らないと思っていた。ところが合格者発表の日、受付の窓口で『お父さんが宮崎駿さんと聞きましたが』と言われた。今は運命だと思っている」

吾朗氏は公園を造成・開発する建設コンサルタントだった。スタジオジブリと縁を結んだのは98年、東京・三鷹にあるジブリ美術館の総合デザインを引き受けながらだ。01年から4年間、館長を務めた彼は、父の長い間のパートナーであるプロデューサー鈴木敏夫氏の勧誘で「ゲド戦記」を制作することになった。

「評価が良くなくて、『もう人々の目に触れることはやめよう』と決心した。父から『借りぐらしのアリエッティ』(2010)を一緒にしようと言われたが、実際、意欲がわかなかった」

70歳の巨匠は「コクリコ坂から」の試写会でついに涙を流した。海と俊の親が若い頃の記念写真を撮る場面でだ。

「63年は、父が大学卒業後に東映動画に入社した年。個人的な思い出があったのかもしれない。60年代は日本が高度経済成長をしていた時代で、今のように拝金主義が蔓延していなかったし、まだ純粋さが残っていた。今の子どもの世代があるのも親の世代のおかげということを言いたかった。過去を捨てて生きられないのが人間だから。宮崎駿という父を持った私も同じ」

吾朗氏は「父の業績と存在感はあまりにも大きい。だから私にとって‘宮崎駿の後継者’という呼称はとんでもない」と話した。

宮崎吾朗監督「存在感大きい父・宮崎駿が私の作品に涙」(1)
http://japanese.joins.com/article/149/144149.html

宮崎吾朗監督「存在感大きい父・宮崎駿が私の作品に涙」(2)
http://japanese.joins.com/article/j_article.php?aid=144150

メビウスの「エデナの世界」初翻訳

宮崎駿をはじめとする日本の漫画に大きな影響を与えた、フランス漫画の巨匠、メビウスの人気長編「エデナの世界」が初めて邦訳され、日本で発売されました。

『エデナの世界』 – ¥5,040

宮さん自身も、メビウスの「アルザック」の影響でナウシカを作ったと言うほど、多大な影響を受けています。
以下は、宮さんの言葉の引用です。
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鈴木敏夫が語る、宮崎駿の映画の作りかた

フレデリック・バック展の開催を記念して行われた、鈴木敏夫プロデューサーと、山口智子さんのトークライブが「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」で配信されています。
そのなかで語られていた、宮さんの映画作りにまつわる話が面白かったので、その部分だけ書き起こしてみました。
後半のほうのお話の、ジブリを辞めちゃったスタッフっていうのは、プロダクションI・Gへ移った、石井朋彦さんかな?

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「木を植えた男。」フレデリック・バック展

遅ればせながら、「『木を植えた男』フレデリック・バック展」を見てきました。

予想をはるかに超える展示作品の数で、見ている側の脳が処理しきれなくなってしまうほどでした。
見に行かれる方は、覚悟してくださいね~。

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ジブリ最新作『コクリコ坂から』のCGはこうして作られた

ジブリのCGクリエーターの三好紀彦氏によるCGメイキングセミナーが、デジタルハリウッド大学・秋葉原メインキャンパスにて行われたようです。

 デジタルハリウッド大学の卒業生である三好氏は、2004年にスタジオジブリに入社。
映画『ハウルの動く城』よりアニメーションCG制作にかかわってきた。

 
 
三好氏はまず、ジブリのCGに対する基本的な向き合い方として「うちはCGをガンガン使うアニメーションの作り方はしておらず、目的を持って必要なところで使うことが多い。そして最終的には、CGの質感を極力避けるようにしています」と説明。

その理由について「手描きを大事にするという考えと、作品の世界観に統一感を出すように気を付けているからです。CGをどこで使っているのか分からない、と言われるのが一番の褒め言葉ですね」と、何ともジブリらしい考え方を明かした。

 そして実際に映画『コクリコ坂から』で使用された、丘の上にあるコクリコ荘が映し出されるシーンや、船が海を進むシーン、工場の煙突から煙が立ち上るシーンなどをモデルに、三好氏はCG制作の流れと手法を解説。「使用目的を明確にする」「手描きではできない表現を目指す」「作品の世界観を守る」「方式ではなく道具として使用する」など、ジブリで気を付けているというCG使用のルールを交えながら進む講義に、受講生たちは熱心に聞き入っていた。

ジブリ最新作『コクリコ坂から』のCGはこうして作られた!
手描きを大事にするジブリのCGに対する向き合い方

http://www.cinematoday.jp/page/N0035434

フレデリック・バック「木を植えた男」、吉祥寺バウスシアターで上映

吉祥寺バウスシアターで10月8日、「吉祥寺アニメワンターランド」の一環として「木を植えた男」などフレデリック・バックさんの短編アニメーションが4本上映されます。

その他の3本の短編アニメーションは以下です。

 
 
生命を次々と作り出す創造主、最後に作った人間は欲望にかられ殺りくを繰り返す――。
後に確立されていくテーマの原点となる作品「トゥ・リアン」(1978年、11分)。

ある男が作った一脚のロッキングチェアがたどる運命を、家族・自然・文明批判というテーマを織り交ぜ描いた作品
「クラック!」(1981年、15分)。

川に生きる生命の力強さと、生態系を破壊し汚染する人間の愚かさをドキュメンタリータッチで描いた作品
「大いなる河の流れ」(1993年、24分)。

料金は、一般=1,800円、学生=1,500円、シニア・会員=1,000円。
上映スケジュールは、アニメワンダーランドのサイトにて発表されるそうです。
http://www.kichifes.jp/wonderland/home.html

「魔女の宅急便」幻のポスター案

「魔女の宅急便」のポスターといえば、キキとジジが店番をしているおなじみのこちらのポスターですが、これのほかにもふたつのポスター案がありました。

だいたいポスターはいくつもの案から作られるわけですが、やっぱり宮さんらしいなと思えたのが、2案目のポスターです。

個人的に、2案でいったときの世の中の反応が見てみたい気もします。

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宮崎駿が着ているエプロン

宮さんのエプロン姿がずっと気になっていて、同じエプロンが欲しかったのですけれど、あれはジブリの保育園でスタッフ用に作ったものなんだとか。

なので、同じ物は入手できないですけども、エプロンを探していたときに、
『トトロ』のエプロンなんてものを作っている人を見つけました。

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庵野秀明の「風の谷のナウシカ」回想録

かなり昔のアニメ雑誌に掲載されていたものですが、庵野秀明監督が描いた「風の谷のナウシカ 回想録」が、非常に面白かったです。

師弟関係として有名な、宮崎駿と庵野秀明のふたり。最近では、一緒に被災地へ訪問して、チャリティを開催したり仲の良いところですが、このふたりがいちばん最初に出会ったころの、ナウシカ制作にまつわる昔話は、あまり知られていないんじゃないでしょうか。

画像のテキストだと読みづらいので、文字に起こしてみました。

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