平成狸合戦ぽんぽこ 1992年にスタジオジブリの新社屋が完成し、そこで初めて作られることになった作品が『平成狸合戦ぽんぽこ』です。
同作は多摩丘陵を舞台に、ニュータウンの建設をめぐる話をタヌキの視点から描いた作品ですが、当初は四国を舞台にしたタヌキの映画『阿波の狸合戦』が検討されていました。



『阿波の狸合戦』を作るべき

常々、高畑勲監督は「日本独自の動物、タヌキの映画がないというのは、日本のアニメーション界がさぼってきた証拠だ」と指摘し、『阿波の狸合戦』という伝説、説話があるのだから誰かが描くべきだと、主張していたといいます。
『阿波の狸合戦』とは、六右衛門狸と金長狸の間で起きた、阿波のタヌキを二分化する戦いについての説話です。

一方で、宮崎駿監督は「八百八狸」を提案していたといいます。講談『松山騒動八百八狸物語』として知られる物語で、八百八狸の別名を持つ隠神刑部狸が絡む話です。

鈴木敏夫プロデューサーは、このとき「八百八狸」と聞いて、杉浦茂の漫画『八百八だぬき』が浮かんだそうです。宮崎監督も杉浦茂のファンとあって、この話で一週間ほど盛り上がったそうですが、ちょうどこの頃『魔女の宅急便』の追い込みだったこともあって、話は立ち消えになります。

ブタの次はタヌキだ!

それから2年程過ぎたとき、再び宮崎監督がタヌキを提案しだします。このときは、『紅の豚』の追い込みの真っただ中。もういい加減、次の企画を決めなければいけません。「ブタの次は、タヌキだ!」と企画を俎上に上げます。

これを受けて鈴木さんは、タヌキものとして杉浦茂の『八百八だぬき』を高畑監督に提案するのですが、高畑監督は後にこう述べています。

高畑:
「タヌキをやらないか」といわれて、ヒントとして宮さんや鈴木プロデューサーが心酔している杉浦茂さんの『八百八だぬき』を見せられた。ところが全然理解できない。何か深い意図があったのでしょうが、ぼくはカンが鈍いもんで分からなかった。

(略)

『阿波の狸合戦』をベースにした井上ひさしさんの『腹鼓記』も読んでいましたし、狸をやりたくなかったといえば、ウソになります。しかしまさかジブリが取り上げる題材とは思っていなかったし、どんなものにすれば「もの」になるのか皆目見当もつかない。考えはじめてしばらくして、降参したんです。ぼくには無理だと。

光明が差した『平家物語』の発想

どのように作ればタヌキが映画になるのか、高畑監督と鈴木さんは模索することになります。
そこでコンタクトを取ったのが、『腹鼓記』を書いた井上ひさしさんです。二人は自分たちのアイデアを伝えると、井上さんは『腹鼓記』を書くにあたり調べた資料を見せてもらいます。

しかし、資料を見ればみるほど、現代においてタヌキを主人公にした映画を作ることの難しさを知り、タヌキの映画作りに挫折しそうになります。ここで一度、『平家物語』に舵を切ろうとするのですが、これもまた実現しません。

ところが、この『平家物語』が切欠となり、映画化困難に思われたタヌキの物語が実現することになるのです。

高畑監督は、鈴木さんにこう提案しました。
「『平家物語』の人々の激しく生き、壮絶な死にざまをさらす姿を狸に置き換え、集団劇として描くんです。そこに狸の化け話と時代を現代に持ってきて、狸が開発よって住処を追われるさまを結び付けるという案です」

こうして、『平成狸合戦ぽんぽこ』のもとになる話が誕生して、企画は具体的に動き出すことになるのです。

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