鈴木敏夫 押井守『崖の上のポニョ』が公開されて間もないころに行われた、鈴木敏夫プロデューサーと押井守監督の対談を文字に起しました。押井守監督が、『ポニョ』の率直な感想を語っています。
この当時、『ポニョ』と同時期に、押井守監督も『スカイ・クロラ』を公開しており、話は『ポニョ』『スカイ・クロラ』、それから『インディージョーンズ』の3本の対比から入っていきます。



ジブリ作品の批評に気を使う人が多いなか、押井守監督は辛辣に語るので面白いですね。オープニングのクラゲの群生シーンには、押井さんも驚いたようです。

年を取れば、映画にあの世が出るのは当たり前

鈴木:
『インディージョーンズ』観た?

押井:
ううん。

鈴木:
『インディージョーンズ』観てない? 要するに、インディージョーンズが、あるときチョエチョメして、そのときに出来てた子が大きくなってたって話なのよ。 みんな、なんで親と子が出てくるの? 宮さんもそうだし、押井さんもそうだし。3本観てたら、親と子で、これ評論家風に言っちゃうと、何が面白いかって、かたや空でしょ、かたや海、かたや秘境に行くんですよ。それで、今ある「ここ」は関係ないの。これは面白かった。面白いでしょ?

押井:
それは、いつもの鈴木敏夫の詭弁の最たるものでさ。

鈴木:
アッハッハッハ。

押井:
自分で、ひとりで感心して見ててさ。

鈴木:
ある感慨があったの、感慨が。

押井:
感慨なんて、年取ったんだから親子の話になるの当たり前じゃん。

鈴木:
そう! その通り! 宮さん67歳でしょ、スピルバーグは62、3歳? 押井さんは58歳だっけ?

押井:
57!

鈴木:
みんなが、そういうことやってんですよ。細かいことは色々あるけれど、これはびっくりした。それでね、空だとか、海だとか、秘境だとか、そういうのがね、みんな共通項。全部、あの世。

押井:
あの世であることは否定しないよ。50歳過ぎて、あの世が映画の中に出てこない方が、どうかしてんだよ。
昨日、『ポニョ』観て分かったよ。この映画は、鈴木敏夫は何にもしてないんだ、ってのが分かったよ。100パーセント、宮さんの映画だっていうね。

鈴木:
ほんとに、宮さんの映画です。

押井:
100パーセント宮さんが作ったんだよ。指一本触れてない。触れさせてもらえなかったんだ、きっと。だから、映画になってないもんね。そういう意味で言えば、今まで宮さんの映画が、映画たり得たのは、どっかで鈴木敏夫がいたり、高畑勲がいたりしたからなんだよ。映画として回収する装置がなかったんだよ、今回は。妄想の羅列だもん。もっと言えば、願望炸裂映画じゃない。名売り映画でしょ、あれ?

鈴木:
押井さんダメだった? 『ポニョ』ダメ?

押井:
いや、面白かったよ。面白かったっていうのは、宮さんの妄想が面白かった。映画になってない、っていうさ。映画として回収してないんだもん、全然。

鈴木:
あまり、そういうこと言わないでよ(笑)。

押井:
そういう映画じゃん!(笑)

鈴木:
なんで、そういうこと言うの! もう少し、オブラートに包んでよね(笑)。

『崖の上のポニョ』は、映画の構造を壊した作品

押井:
まず、あのフジモトって何者なの?

鈴木:
フジモトって、押井さんにいちばん似てんじゃないかな?

押井:
どこが似てんのよ?

鈴木:
元気だね、押井さん。

押井:
元気だよ。体力も気力も溢れかえってるからさ。

鈴木:
『スカイ・クロラ』は面白かったです(笑)。

押井:
今日来た目的は、ひとつだけでさ、何で(宮さんを)ほったらかしにしたんだって! 嫌になっちゃったわけ?

鈴木:
違う違う。やっぱ、宮さんの心境ですよ。

押井:
だから、宮さんが、もう誰の言うことも聞かなくなっちゃったんじゃないの。

鈴木:
宮さんの心境は、やっぱり高畑勲の呪縛があったでしょ? 高畑勲って人と15年やった。でも、その後も実は、亡霊のように付きまとったわけでしょ。だから、宮さんの大きなテーマは何かって言ったら、そこからどうやって遠いとこに行くかでしょ?

押井:
それは、多少なりとも自分の映画に、鈴木敏夫の理屈とか、高畑勲の能書きが必要だってことを認めてたわけだ。ある時期までは、たぶん。

鈴木:
はい。

押井:
認めたくないけれども、「必要だったんだ」って。だから、抜きにして作ってみたくなったっていうさ。
素晴らしい妄想の書き手であることは認める。たぶん、日本一っていうか、世界一妄想の凄まじい人間で。

鈴木:
そういう映画を作ってみたかったのよ。とにかく、自分が思いついたことを、どんどん画にしていく。そういう映画を作ってみたい。そういうことでしょう。

押井:
それは、映画と言うには、ちょっと無理がある。個々の妄想は、もの凄く面白いわけ。表現力に満ち溢れてるしさ。頭の10分間は絶好調で、クラゲに乗っかってくるとこなんて、ほんとうに上手いなって。個々のシーンは素晴らしくて、うっとりするんだけどさ。

鈴木:
だから、まさに押井さんが指摘したように、妄想をやりたかったんですよ。

押井:
あのお母さん、何のために家に帰ったの?

鈴木:
家に帰ってる?

押井:
家に帰ってから、もう一度、「ひまわり」に戻ってるじゃない。だったら、なんで、ずっと「ひまわり」にいないのよ。

鈴木:
そりゃ、だって、ポニョと宗介とのやりとりをしたかったからでしょう?

押井:
あの映画の世界で、どういう意味があるんだ、って聞いてんの!(笑)
最低限の必然性がなかったら、誰も納得しないんだよ。それでも、ついつい見せちゃうのは、表現力が圧倒的だからだよ。

鈴木:
だから、そういうもの作りたかったんだろうね。

押井:
たぶん、テーマはとっくの昔になくなってんだよ。

鈴木:
構造の無い映画を作ろうと思ったことは、確かなんですよ。

押井:
構造の無い映画を作ろうと思ったんじゃなくて、結果的に構造が無いことが分かっただけだってば。

鈴木:
なんでかって言ったら、構造って高畑さんだったんですよ。そうすると、構造を持ち込む限り、永久に高畑さんから離れられないんですよ。

押井:
それは、おかしいんだよ。

鈴木:
おかしかろうが、なんだろうが(笑)。

押井:
自前の構造を持てばいいだけの話じゃないの。

鈴木:
ぼくも驚いたですよ。驚いたってのは、何しろ側にいるわけでしょう。普通、宮さんの映画っていうのは、主人公がいて、その人のあとにくっ付いていくと、いろんなことが分かってくるでしょう? それを、観客が共有するんですよ。いわゆる推理ドラマ。ところが、今回はいろんな人に(視点が)いくでしょう。ポニョの話かなと思ったら、宗介にいったり。そうかと思うと、フジモトが出てきたり。いろんな人にいくから、その人たちの分かったことで、観客がそれを共有できるかって言ったら、そういう映画じゃないですよね。普通、そういう場合だと、最初に説明しますよね。いったい、ここで何が起きてるのか。その中で、それぞれの役割をやるっていうのが、普通でしょう。やらないんだよねぇ。

アニメーターは宮大工。手書きアニメーションは工芸品のようなもの

押井:
昔、大塚さんが言ってたじゃん。大塚さんが、宮さんと八ヶ岳で飲んでるときにさ。宮さんがトイレに行った隙に、大塚さんが「宮さん、60歳過ぎたら凄いことになるかもしれない。女に狂ったら凄いよね!」って(笑)。そうなって欲しい風だったじゃん、明らかに。
そういう意味では、いちばんそういうとこに、恬淡としてるっていうか、淡泊だったのが大塚さんだよね。でも、やっぱり見るものは見てるわけだ。ぼくも、そう思ったもん。
宮さんは、そういう意味で言えば、度胸ないから。奥さん怖いし。絶対、現実には走らないだろうけど、代償行為は全部アニメーションの中に持ち込むわけだ。やっぱり、あの人は、植物とか、クラゲとか、魚とか、そっちの方に行ったんだよ。

鈴木:
言い方はあれだけど、老境。

押井:
そうなんだよ。あれは、クラゲであり、魚であり、5歳の女の子であり、明らかに老人の世界だよ。あの映画って、子供と年寄りしか出てこないんだよ。あのお母さんと、一茂がやったお父さん除けば。他の大人たちって、どこにいるわけ?

鈴木:
押井さん、流石だね。押井さんの面白いのは、これだけ理屈っぽい男が、絵を見てる。
実は、ほんとうのこと言うと、ラッシュ見てていちばんビックリしたのは、車のシーン。アイスクリーム、ぺろっと舐めて、手前に車が来るじゃない。ハンドルを左に切るじゃない。あの迫力の無さ。ほんとうにビックリしたの。え、どうすんの? と思って。お話のほうも、そう。「リサ、リサ、リサ!」なんて言ってね、いろいろやってるくせに、「じゃあ」ってあっという間に解決でしょ。いっぱい、そういうのがあるんですよ。それの羅列でしょう。切欠の部分だけを、ポンポン、ポンポンやっていくんですよ。

押井:
特に、クラゲを見たときに、そう思った。あのクラゲ、上手いよね。ビックリしたよ。

鈴木:
田中あっちゃんがやったのよ。1カット、1600枚くらい。

押井:
クラゲとか、魚のヒラヒラとかね。ポニョの妹たちのヒラヒラとかね。あぁ、こういう世界に行ったんだって。

鈴木:
描いたものはともかく、描き方があるでしょう。この粘りは凄いでしょ?

押井:
全部、手書きで行くんだっていうさ、その宣言は、ぼくが宮さんに最後に会ったのは、2年くらい前かな。「これからは、絵描きの手に取り戻すんだ」って。「コンピュータなんてやってるやつは、みんなクビだ」って言ったの。

鈴木:
そんなこと言ってないよ。宮さんだって、分かってんだから。手で描こうが、コンピュータでやろうが、上手なものは上手なんだから。

押井:
世の中の、新聞の評とかでは、間違いなく宮さんは手書きの原点に回帰するんだって。言ってみれば、美談として、持ち上げるに決まってる。違うんだよ、それ。日本のアニメーションは、とっくに手書きでは何もできなくなってるんだよ。いまテレビで流れてるようなアニメーションだったら、いくらでも量産できるよ。あるクオリティを実現しようと思ったら、手書きの世界に依存したら、何もできないよ。映画というスケールでは、何もできない。それこそ、10分、20分の短編ならともかくさ。宮さんだって、それ分かってないわけないんだよ。でも、ぼくに言ったのは、「それでもやるんだ」って。宮さんと、ジブリの世界では、辛うじて実現したかもしれない。
例えばさ、あのクラゲのシーンとか、3DCGで見事な実写と見紛うような、美しいクラゲの群生のシーンを作ることは、可能かもしれないけれど、手書きで描いたあの雰囲気は絶対でないよ。間違いなく。手業の持ってる良さっていうのは、間違いなくあるんだよ。

鈴木:
押井さんは、まえ「工芸品」って言い方をしてたんだよね。アニメーションも、その伝統の一つだと。

押井:
アニメーションは、工芸品みたいなもんだっていう、そう思うよ。ぼくに言わせれば、宮大工が作る、見事な建築みたいなもんなんだっていう。宮大工がひとり一人前になるのに、どれだけの人間が淘汰されて、どれだけの修業期間が必要だと思うんだっていう。工芸品って話では、絶対アニメーションは量産できないっていうさ。それも、そろそろ限界に来ている。何故かって言ったら、手書きのアニメーションを支えてきた、たぶん20人くらいの素晴らしいアニメーターたちが、みんな四十を超えたんだよ。

鈴木:
50だよ、もう。

押井:
50歳に近いかもしれない、40代後半くらいだよ、みんな。
てっつん(西尾鉄也)と言えども、40歳超えてるんだからさ。それ考えたら、これから10年間で何ができるんだろうかって。

鈴木:
じゃあ、それに続く人は出てきてるのか。居ないんですよね。

押井:
宮大工の渡り職人の集団なんだよ。こっちで五重塔を建て、こっちで本堂を建て、渡り職人なんだよ。

鈴木:
I・Gってそういう人を育てたんじゃないの?

押井:
育てたけどさ、あのクラスの人間は、ついに出てこなかったんだよ。

鈴木:
こうやってふり返ってみると、ぼくとか押井さんが20代? そのときって実は、いわゆるアニメブームっていうのが始まろうとした時期で、そういうことで言うと、いろんなスタジオの門を叩いて、この業界にやって来る人が多かった時代なんですよね。そうすると、その中から、いろんな人が出てきた。こういう話は、実はあらゆる業種に共通してる話なんですよ。

押井:
ひとつあるのは、昔はそういう人間たちが、募集かけなくても、アニメスタジオに続々と集まってきたっていうさ。確かに、その通りなんだけど。それは何故かって言ったら、他に行き場がなかったからなんだよ。まさに、ぼくがそうだよ。他に行くとこなかったんだもん。でも、映画らしいもの作りたいっていうさ。映画と関わりたくなって、いろいろジタバタした挙句に、アニメスタジオにたどり着いて。そこは意外にも、やる気があれば、なんでもやれる世界だった。それは、言ってみれば、どんな優れた才能をもってたとしても、そういう時代に巡り合うかどうかって大きいわけだよね。そういう人間が集まってたんだもん、たまたま。だから、いま落ちるとこまで一旦落ちて、クオリティがガンガン下がっていって、そういう現状を見たうえで、何かやろうと思う人間が登場するまでは、人為的な操作でなにかできるとは、ぼくは思ってない。

鈴木:
歴史で言うと、普通そうなんですよ。

押井:
とはいえ、需要があって、自分も映画を作ろうと思う限りは、現状で可能な方法を、どんな手でも良いから考えるわけ。
ぼくは、セル画でできないとすれば、3DCGに掛けるしかないんだって。ぼくは、元々絵描きでもなければ、一介の演出家に過ぎないんだから。なんだってやる。

鈴木:
押井さん、まだやるつもりなんだね?

押井:
やるよ。何言ってんのよ。
発明することで、なんとか監督たり得てきたんだから。今後も発明するしかない。「なるほど、この手があったのか」っていうさ。「こういうスタイルで映画が作れるのか」とかね、「こういう作り方があるのか」とか、その繰り返しだもん。

鈴木:
今日はね、ぼくは嬉しいですよ。押井守、健在。これで引退するかと思ってたけれど、どうもこの続きをやりそうだし。死ぬまで作ってください(笑)。

押井:
あんたは何やるんだって(笑)。

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