アニメ『ドラえもん』といえば、「金曜7時のテレビ朝日」でお馴染みですよね。ところが、現在放送されているものは、2度目のアニメ化だそうです。
最初のアニメ化は、1973年に日本テレビ系で放送され、視聴率は7%という散々な結果となり、わずか半年で打ち切られてしまったのだとか。
その『ドラえもん』が、再びアニメ化され、国民的な人気作品になる背景には、なにがあったのでしょうか。
シンエイ動画を設立した、楠部三吉郎さんの著書『「ドラえもん」への感謝状』には、『ドラえもん』の復活劇の裏側に、高畑勲監督の協力があったことが語られています。
『ドラえもん』をボクにあずけてください!
1977年秋、アニメ会社から独立したばかりの楠部三吉郎さんは、藤本弘先生(藤子・F・不二雄)の事務所、「十二荘」にいました。
シンエイ動画を創設したものの、まだ企画が何も決まっておらず、不安を抱えた楠部さんは、ドラえもんのアニメ化を打診したそうです。
「『ドラえもん』をアニメ化させてもらえませんか? どうか『ドラえもん』をボクにあずけてください!」
藤本先生は、即答せず、気が遠くなるほど黙っていたそうです。
そして、おもむろに口を開くと、楠部さんに「宿題」を出しました。
「楠部くんがいったいどうやって『ドラえもん』を見せるのか、教えてもらえませんか。原稿用紙3、4枚でいいから、あなたの気持ちを書いてきてください」
楠部さんは、すぐさま文具店に走り、原稿用紙に鉛筆と消しゴム、さらには国語辞典まで買って、企画書の執筆にとりかかりますが、思いをまとめることができません。
その日は、本屋にむかい、『ドラえもん』全巻(当時13巻)を購入。その足で、高畑勲監督の自宅に向かったそうです。
当時は、Aプロから、日本アニメーションに移籍して、高畑さんは、『赤毛のアン』の準備をしている頃です。
楠部さんは、高畑さんの自宅におしかけると、『ドラえもん』全巻を渡し、企画書兼レポートの作成を依頼。
『ドラえもん』を数話読んだ高畑さんは、藤子不二雄漫画の魅力を再認識したそうです。
「正直、目からウロコだよ。藤子不二雄漫画の魅力は、それなりにわかっているつもりだったけど、改めて『ドラえもん』を読んで驚いた。こんなすごい作品が日本にあったの?」
数日後には、高畑さんから、『ドラえもん』の本質を捉えた、素晴らしい企画書が届きます。
『ドラえもん』企画書
夢想空想こそ、子どもたちの特権だ。親や先生はそんなものクダラナイと言うかもしれないけれど、『ドラえもん』はそれを蔑んだりしない。(略)
『ドラえもん』は、子どもたちの夢想空想を、大人の知恵で少しだけふくらませてあげる。
でも、現実世界はそんなにいいことばかりじゃない。だからのび太はできそこないで、最後はいつも失敗してしまう。
子どもたちの夢想空想を笑いの中へ解放してくれる、解放戦士こそ、『ドラえもん』なのだ。
藤本先生は、この企画書兼レポートを読むと、今度は間を取らずに言いました。
「わかりました、あなたにあずけます」
この一言から、『ドラえもん』の再アニメ化の企画は、スタートしていくことになります。
原作をそのままやればいい
高畑さんは、『ドラえもん』をアニメ化するにあたり、脚本家を立てず、演出家が直に絵コンテを作ることを提案します。
あいだに脚本家を入れると、原作の持ち味が伝わりにくくなり、演出家も原作の読み込みが不足しがちになると指摘しました。
『ドラえもん』の演出方法について、高畑さんはどのように考えていたのか、鈴木敏夫さんと太田光さんの対談で明かされています。司会は、依田謙一さんです。
依田:
『ドラえもん』って、昔日本テレビでやっていたのって、ご存知ですか?
あれ、1話を30分でやっていたんですよね。それで間延びしたのか、半年くらいで終わっちゃって。
いまテレビ朝日でやっている、1話15分のモデルって高畑さんが考えたんですよ。太田:
え、そうなの?鈴木:
企画書、高畑さんが書いてるんですよ。
それで、日本テレビ版の30分のやつを参考試写して、「あ、これはダメですね」って。
なんでかっていうと、『ドラえもん』の1話を30分に伸ばすために、シナリオライターが入って、間延びさせてたんですよ。それで、高畑さんが、意見を出したのは、簡単。「30分の中で、2話やればいい」って。それで、もうひとつ「シナリオは書くな。原作をそのままやればいい」って。太田:
テレビ用にするなと。鈴木:
それで、原作からそのまま絵コンテにして、まったく原作通りにやるっていう。それでやってみたら、大ヒットだったんですよね。高畑さんって、やっぱりヒットメーカーなんですよ。
テレビ局の決定に難航
高畑勲監督の書いた企画書により、アニメ化が決まった『ドラえもん』ですが、放送するテレビ局が決まるまでは難航したようです。
この当時のことを、元シンエイ動画プロデューサーの別紙壮一さんが、『藤子・F・不二雄大全集 パーマン 7巻』の中でふり返っています。
シンエイ動画が、まだ立ち上げて間もない会社ということと、既に『ドラえもん』は一度失敗している作品ということがあって、視聴率の取れない番組とレッテルを貼られていたようです。
放送局の難航に、一時期はアニメ化の権利を藤本先生に返還せざるを得ない状況まで追い込ます。しかし、シンエイ動画は、『ドラえもん』をアニメ化するために立ち上げた会社だったので、そう簡単に諦めるわけにはいきません。
そこで、楠部さんと別紙さんが打った手は、パイロットフィルムの作成でした。
別紙:
『ドラえもん』という作品の面白さを信じていましたし、必ずヒットすると確信していました。そこで、最後の手段でパイロットフィルムを作ることにしたんです。テレビで流れるのと同じ形で1本作って、それを見てもらえばOKしてもらえるかもしれないと考えました。ところがパイロットフィルムを作ろうにも、お金が全然ないわけです。背景の会社、録音の会社、撮影の会社それぞれに行って、貸しにしておいてほしいと、要するにタダで作ってほしいと頭を下げてお願いしました。本当に無茶なお願いでしたが、各社さんとも「制作が決定した時に仕事を回してくれるなら」と引き受けてくださいました。それで完成したのが「勉強べやのつりぼり」のパイロットフィルムだったんです。
いちばん最初にテレビ朝日に持って行ったら、それを見た編集局長から「必ず決めるから他のテレビ局に持っていかないでほしい」と言われ、一発で放送局が決まったそうです。それが1978年の暮れのこと。会社を立ち上げて2年半でようやく企画がまとまり、79年4月からいよいよ放送されることになりました。
三吉郎さんの情熱と『ドラえもん』の魅力に動かされました
紆余曲折を経て、テレビ朝日でアニメ化が決定してから、現在に至るまで『ドラえもん』は、愛され続ける作品となりました。
今年発売された、藤子・F・不二雄 生誕80周年記念マガジン『Fライフ』では、高畑勲監督が『ドラえもん』のアニメ化の経緯を回想しています。
高畑:
実はアニメ『ドラえもん』の立ち上げに私も関わっていた、と言ったら、驚かれるでしょうか。
このことは今まで公になっていなかったので、ほんの少数の身の回りの人間を除いて、口にしたことがありませんでした。昨年2014年の秋に、シンエイ動画の楠部三吉郎さんが自著『「ドラえもん」への感謝状』の中で、私の関与を書いてくれた。嬉しかったですね。それでこんなお話もできるわけで。(略)
三吉郎さんが言うには、「藤本先生に渡す、アニメ『ドラえもん』の企画書を作らねばならない」ということでした。で、それを私に頼みたい、と。
私は世界名作劇場シリーズを離れる気はありませんでしたから、企画書を引き受けたところで、その後のアニメ『ドラえもん』に関わることもできません。お金で口説かれたわけでもありません。三吉郎さんの情熱と、ドラえもん作品の魅力に、私は思わず「わかった」と答えていたのです。
三吉郎さんが、企画書を藤本先生に渡す日も、高畑監督は代理店までついていきました。
そして、交渉する様子を離れた席で見ていると、終始にこやかに頷いていて、うまくいったことを確信したそうです。
藤本先生と高畑勲監督が会ったのは、後にも先にも、このときだけ。遠い世界にいるはずだったふたりが、交わった一瞬でした。
Fライフ 4号: ドラえもん&藤子・F・不二雄公式ファンブック
おまけ
高畑勲監督は一度だけ、『ドラえもん』のアニメーション化について、原作の絵柄を壊して作ることにも意味があると語っています。
ただし、これはアニメーションの演出を論じた専門書、『講座アニメーション』という本に書かれた、例えばの話。実際に、企画を検討したわけではないと思います。
でも、高畑監督が作ったら、ほんとうに面白い作品になるんでしょうね。
例えば、『ドラえもん』という大変すぐれた漫画がある。これをアニメーション化する場合、原作者がその絵であの世界を提出している以上、それに従うのは当然かもしれない。放映されたものもそうなっている。しかしここで一度、原作の絵にアニメーションに生かすべき絶対の必然性があるかどうか疑ってみる。するとまったく別のアニメーション的な原作の生かし方もあることに気付くはずである。もし、漫画っぽい原作の絵を捨てて、もっと信じられる(リアリティー)世界の中で、子供たち自身に似たもっと信じられるキャラクターたちの中にドラえもんが登場し、活躍したとしたら――。
ただし、いかに原作に対する心酔を表明したとしても、原作者は自己の絵の全面的な変更は拒否するであろうから、実現は不可能であるが。
「ドラえもん」への感謝状 アニメ「ドラえもん」を始めた男。アニメ誕生35年目に初めて明かされた舞台裏。「銀座のさんちゃん」が心から贈る最初で最後の感謝状。 |