風立ちぬ カプローニ

『風立ちぬ』で堀越二郎の夢には、度々ジャンニ・カプローニ伯爵が登場します。
二郎にアドバイスをしたりして、心の師匠として描かれていますが、彼も実在する人物です。
と言っても、実際の堀越二郎さんとカプローニおじさんは対面していませんし、心の師と仰いでいたわけでもないはずです。



ではなぜ、『風立ちぬ』においてカプローニさんが度々登場するのか。
それは、宮崎駿監督のカプローニ愛が溢れていたためです。

カプローニおじさんはとは、どんな人だったのか。
イタリアの航空技師で、実在した航空会社「カプロニ」の創業者でした。
第一次世界大戦では、爆撃機や輸送機の生産で躍進。1930年頃には、自動車・船舶用エンジンの生産など事業の多角化に成功し、イタリア有数の企業へと発展しました。
これは有名な話ですが、「ジブリ」という名前もカプローニ社の飛行機から由来しています。

半藤一利さんとの対談本『腰抜け愛国談義』の中で、宮崎駿監督はジャンニ・カプローニについて、このように話しています。

半藤:
堀越二郎の夢に出てくるカプローニという人は実在の人物なんですね。手元の資料によれば、1908年に創業したイタリアの航空機製造会社、カプローニ社の創設者にして男爵なんですね。その名はジョヴァンニ・バッチスタ・ジャンニ・カプローニ。

宮崎:
カプローニを登場させたのには、じつは面白いきっかけがあったんです。創業者の曾孫にあたる人が私達の映画の『紅の豚』を観て、「おまえ、もし要るならこれあげる」って、1936年のカプローニ社の社史を送ってきてくれたんです。図面だらけなんですが、これがとても面白かった。翼が9枚もあってエンジンが8つ付いているっていう、ハッタリの固まりみたいな飛行艇、カプローニCa.60の図面も、更にそれを作る過程も、写真とか絵がいろいろ載っていたんです。

大戦時に役に立たない飛行機を作っていたくだりは、『風立ちぬ』のなかでも触れられていましたね。
また、『紅の豚』を作っていなかったら、『風立ちぬ』にカプローニが登場していなかったというのも面白いエピソードです。

風立ちぬ

それから、こちらも映画の中で描いていましたけど、大型の航空機が軋みながら壊れ、カプローニが「撮るな!」と言ってフィルムを投げ捨てるシーン。あの話にも、モデルとなるエピソードがあるようです。

半藤:
その飛行艇、今度の映画に登場していますよね。あの飛行艇のことが社史に載っていたのですね。

宮崎:
はい。あの飛行艇をつくっている最中のカプローニの写真も載っていました。カプローニさん、ものすごくげっそりした顔で写っているんです。全然意気軒昂じゃないんです。「これ、ダメ」って顔に書いてある(笑)。つまりダメだってわかっていてつくったんだと思いました。イタリアは当時、民間航空が発達しなかったですから。

半藤:
たしかにイタリアは少々遅れていましたね。

宮崎:
要するに需要がなかったんです。ですからカプローニ者は第一大戦後、生き残っていくためにハッタリが必要だった。それであれをつくったのだろうと思うんです。「これで大西洋を越える!」てんていう嘘八百を並べてね。あんなもんで大西洋を超えられるはずがないんですよ。

半藤:
しかも「百人の乗客を乗せて越えてみせる!」といったのではなかったですか。

宮崎:
そうです。実際は飛んでいません。だけど飛んだって言いはるんですよ。カプローニ社は。

半藤:
大西洋どころではなく、空中に飛ぶことさえなかったのですか、あれ。

宮崎:
1921年のテスト飛行の映像が残っています。このとき1回目でうくのに成功して、2回めの滑走で水面をちょっと離れて90メートルぐらい飛んだって言い張っています。そのときいっぱい映像をとっているというのに、肝心の飛行中の写真が一枚もない。そして二回目の滑走で壊れているんです。 壊れた機体が水面に浮いている写真はあるのですが。その途中、飛んでいるところを写したフィルムがない。滑水中の写真もない。これはもうカプローニおじさんが「撮るなっ」と命令したに決まっているんです。

半藤:
あ、カメラを回すのをやめさせているわけですね。

宮崎:
証拠も何もないので、しょうがないからいまでは飛んだことになってしまいました(笑)。

と、このようにハッタリ屋のカプローニおじさんだったわけです。なんとも、愛すべきオジ様という感じでしょうか。
そして、宮崎監督はカプローニを好きになった理由をこのように話しています。

宮崎:
思うにジャンニ・カプローニという人はルネッサンスの人ですね。なんて面白い人だろうと感心するんです。レオナルド・ダ・ヴィンチもいろいろ考えましたが、つくらなかったものと、つくってもダメだったもののほうが多いんですから。

半藤:
カプローニさん、ちゃんと飛んだ飛行機も、もちろんつくっているのでしょう?

宮崎:
はい。ユンカースの飛行機より幅が一メートルだけ大きいのですが、その飛行機で世界一になっています。発表によればユンカースの巨大機が時速200キロで、カプローニ機は時速201キロ。これも少々怪しいですが(笑)。

半藤:
ハッハッハ。

(中略)

宮崎:
ルネッサンス人だとわかったら、ぼくカプローニっていうおじさんがだんだん好きになったんです。映画では、「これは美しい夢なんだ」と言い、そのあとで「呪われた夢だ」って言ってもらいました。

いかかですか、この見栄っ張りで、意地っ張りのオジさま。映画に登場した巨匠然とした堂々たる姿だけではなく、人間臭いエピソードではないでしょうか。宮崎監督が好きになった理由がよく伝わってきますよね。

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