『平成狸合戦ぽんぽこ』のなかで、『平家物語』のワンシーンが描かれています。
それは、「妖怪大作戦」のために変化の訓練をしているときの挿話として描かれました。長老狸の太三郎禿狸999歳の誕生日を祝うシーンで、正吉が「若き日にご覧になった那須の与一をお願いします!」と言ったところから始まります。
禿狸が瞬く間に凛々しい青年、那須与一に変化して、「屋島の合戦」による「扇落とし」が描かれました。
実は、高畑勲監督は『平成狸合戦ぽんぽこ』の企画を考えているときから、『平家物語』の企画も検討していました。
特定の人物を主人公に据えるのではなく、ある限られた時間をさまざまに生き、死んでいった個々人を描きつつ、結果として歴史的群像を浮かび上がらせるという、俯瞰的な視点から見た『平家物語』を考えていたようです。
しかし、従来のセルアニメーションの技法では、合戦で入り乱れる鎧を手で描くことは、手間がかかりすぎて困難となります。そのため、この企画は実現しませんでした。
高畑監督の中で『平家物語』への想いは累々と残り続けます。
2013年に公開された『かぐや姫の物語』の際も当初は、鳥獣戯画の画風で描く『平家物語』を検討していましたが、このときは作画を担当する田辺修さんが、人を斬るシーンを描きたくないという理由で実現しませんでした。
その後、もう一度『平家物語』を描くチャンスが巡ってきます。
『かぐや姫の物語』でプロデューサーを務めた西村義明さんが立ち上げたスタジオポノックで、短編作品として『平家物語』を描く予定だったのです。20分ほどの作品で、製作期間は4年。具体的に企画は動き出していたのですが、高畑監督が2018年4月に永眠され、『平家物語』のアニメーション化が実現することはありませんでした。
高畑監督が描きたいと思い続けていた『平家物語』でしたが、唯一 映像化されたは『平成狸合戦ぽんぽこ』内で描かれた那須与一のワンシーンだけとなります。
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