風立ちぬ

宮崎駿作品というと、声の出演者について本職の声優ではない、ユニークなキャスティングが行なわれることが注目されますよね。
『風立ちぬ』においては、主人公・堀越二郎を庵野秀明さんが演じていることが、最も注目を浴びたんじゃないでしょうか。

話題性を重視していると思われがちですが、そういった理由だけではありません。
本作の声優陣がどのような経緯で決まったのか、ご紹介します。



『風立ちぬ』のキャスティングについては、2012年9月頃から本格化していきます。二郎の声に関しては、数々のオーディションを行なったものの、なかなか宮崎駿監督を満足させるものがなく決まりませんでした。

12月のある日、キャスティング会議では、このようなやりとりが行なわれていました。

こうして庵野秀明に決まった

スタッフ:
イメージ的に二郎っていうのは、声の線が細い感じがするのですが。

宮崎:
線は細くないんですよ。昔のインテリって、滑舌がはっきりしてて高いんです。言葉数が少ないだけなんです。
頭良すぎて、あまり余計なこと言わないだけなんです。内気だから喋んないんじゃないの。そういう人物を演じてもらうしかないよね。そういう人物がいるわけじゃないから。
ここに出てるラインナップ見ても、違うこと要求されてる人たちだと思うんですよね。

鈴木:
素人がやったほうが、まだ感じが出そうですよね。
極論いうと……庵野。

宮崎:
庵野? 庵野…面白いね(笑)。
……庵野やったら、どうなるんだろうね? 庵野の声ねぇ…。庵野どうなんだろうね? ちょっと、真面目にやってみたいね。変な声だもんね、あれ。

鈴木:
(庵野さんの喋る動画を見ながら)誠実なんですよね。

宮崎:
そうですね。これは、もの凄く誠実な男ですから。ウソつかない男ですから。庵野がアフレコやったら、どうなっちゃうんだろうね。

鈴木:
凄い違和感はあるけれど、喋ってるうちに慣れてくるんですよ。あいつが(セリフを)言ったら、リアリティ出ますよ。

宮崎:
ちょっと魅力を感じてるんだけど(笑)。

鈴木:
連絡してみますよ。

こうして、突如候補者として庵野さんが浮上し、2日後には早くもオーディションが行なわれ、急転直下で決定しました。

後のインタビューで、宮崎監督は「庵野が現代で一番傷つきながら生きている感じを持っていて、それが声に出ていると思ったからです」と起用理由を話しています。

ヒロイン・瀧本美織は、高畑勲監督の推薦

風立ちぬ

ヒロイン・里見菜穂子を演じたのは、女優の瀧本美織さん。彼女は、高畑勲監督の推薦で起用されました。
高畑監督は、兼ねてから朝ドラを観ており、そこで出演していた滝本さんと朝倉あきさんに注目。朝倉さんのほうは、自身の作品『かぐや姫の物語』に起用し、滝本さんを宮崎監督に推薦していました。

高畑監督の言うことならばと、宮崎監督も滝本さんの起用を前提にオーディションを行ない、スムーズに決定しました。

カプローニの声は、狂言師の野村萬斎さんが演じています。このキャスティングについては、早い段階から宮崎監督が希望していたものです。
収録時に、宮崎監督は、野村さんに「カプローニは二郎にとってのメフィストフェレスだ」と説明しています。

その他、二郎の親友・本条は、西島秀俊さんが演じています。このキャスティングについては、西島さんと鈴木さんがラジオで共演した際に、放送中に声優として出演依頼をほのめかすような発言をしており、その場でオーディションに誘ったものと思われます。

常連の参加

風立ちぬ

さらに、この作品では、ジブリ作品に二度・三度と出演している、常連組の参加も多いです。

二郎の妹・加代は、志田未来さんが担当。『借りぐらしのアリエッティ』で
は、主人公アリエッティも演じました。

二郎の母を演じたのは、竹下景子さん。『借りぐらしのアリエッティ』では貞子を、『コクリコ坂から』では小松崎花を演じています。

二郎の上司・黒川を演じたのは、西村雅彦さん。『もののけ姫』では甲六、『ギブリーズ episode2』では、野中くん役を演じています。

黒川夫人を演じたのは、大竹しのぶさん。『借りぐらしのアリエッティ』ではホミリーも演じています。

異色のキャスティング

風立ちぬ カストルプ

そして、もう一人、異色のキャスティングだったのが、カストルプ役のスティーブン・アルパートさんです。
彼は、元々スタジオジブリ海外事業部の部長で、カストルプのキャラクターデザインのモデルにもなっています。

アルパートさんは、1990年代後半から2000年代にかけて、スタジオジブリの海外展開において尽力し、2011年末に退社しています。
このときのお別れ会で、宮崎監督はアルパートさんに似顔絵のプレゼントを渡す予定でした。
しかし、このときは似顔絵を描くことができず、アルパートさんはアメリカに帰ってしまいます。このときの悔いが創作の動機となり、宮崎監督は『風立ちぬ』に登場した謎の外人カストルプの顔を、アルパートさんとして描きました。

そして、声優もアルパートさん自身に担当してもらい、とてもリアリティのあるキャラクターが誕生したのです。

もし、お別れ会のときに宮崎監督が似顔絵を描けていたら、『風立ちぬ』にカストルプが登場していなかったかもしれませんね。