君たちはどう生きるか

宮崎駿監督の新作『君たちはどう生きるか』の制作が、正式に発表されたのが2016年11月で、作画監督が本田雄さんと発表されたのが2019年2月でした。
今から考えれば、ずいぶんと早い段階で作画監督が発表されていました。



当時から、本田さんといえば『シン・エヴァンゲリオン劇場版』に参加することが発表されていたので、コアなファンの間では「ジブリが本田さんをぶん捕った!」と話題になっていました。

いやいや、ぶん捕ったといっても、ちゃんとした交渉のもと移籍しただけでしょう?と、内情のわからない自分は当時から思っていましたが、このたび「文藝春秋 電子版」の鈴木敏夫さんと新谷学さんの対談で、本田さんの移籍話が明かされました。

宮崎監督と鈴木さんだから成しえた、移籍劇となっております。

プロ野球シーズンが始まるときに、4番打者を寄こせと。
そんなことありますか?

鈴木:
絵コンテは描けても(宮崎監督の体力的に)アニメーションができるかどうかわからないでしょ?
それで、やると決めた途端に、ぼくはあるアニメーターを探したんです。要するに、宮さんより上手な人。もう老いぼれてるから、どうにもならないと思ったんだけど、どうせ連れてくるなら凄いやつにしようと思ってね。ほんとうに凄いのが一人だけいたので。
でも、連れてくるにあたり、けっこう大変でしたけどね。

新谷:
別の仕事に掛かってたりするわけですか?

鈴木:
そうですね。自分のやらなきゃいけない仕事がある。それをこっちに引っ張ってくるわけだから、その監督のところへまず……。

新谷:
仁義を切る?

鈴木:
そうです。それはだって、顔色変わりますよね。『シン・エヴァンゲリオン』の絵の中心人物なんですよ。
そしたら、庵野がねぇ……「プロ野球のシーズンが始まる。そこでいきなり4番打者をトレードで寄こせと。そんなことありますか?」って。良い言い方しますよね?

新谷:
いちいちセリフが立ってますよね。

鈴木:
ぼくね、カッコイイと思ったんですよ、庵野が。「だから、ぼくは頭を下げて頼んでじゃない」って言ったら、庵野がちょっと失敗したんですよ。
「どうするかは、本人次第ですから」って言っちゃったんですよねぇ。「勝った!」と思ったですよねぇ(笑)。
そしたら、本人が最初はゴチャゴチャ言ってたんですよ。「ぼくは、やっぱりエヴァをやりたい。だけど、宮崎さんのやつもやりたい」と。

新谷:
そうですよね。

鈴木:
だから、ぼくは簡単に言ったんです。「あのさ、物事っていうのは単純化するといいよ」って。
「仕事っていうのは、二つしかない」って言ったんですよ。「やりたい仕事か、やらなきゃいけない仕事か」

新谷:
名言。その通り。

鈴木:
そしたら余計なことは言わなかったです。「わかりました、やります」って(笑)。

新谷:
さすがの口説き文句ですね。おれも使わせてもらいます。

鈴木:
苦労したから出てきたんですよ。用意していたわけじゃないから。

新谷:
それで、アニメーターも決まったと。

鈴木:
決まったでしょう。そしたら、宮崎駿ってのは若いですよね。
彼(本田さん)が得意なシーンの作り方っていうのがあるんですよね。そうすると、普段やったことがないようなのを彼(本田さん)にやらせようとするんですよ。「できるか?」って。

新谷:
それは試してるんですか?

鈴木:
試してるんじゃないですよ。いじわるですよ。

新谷:
いじわるなんですか(笑)。

鈴木:
だって、自分が作る作品には、そんなシーン作らないんだもん(笑)。
だから今回ね、その彼を呼んだことによって、宮さんの作品の中に出てこないシーンがいっぱいできたんですよ。あれは、ぼくもビックリしましたね。もう82歳なのに、まだ色気満々。やっぱ、爺の底力っていうのか。

新谷:
そこは張り合っちゃうわけですか?

鈴木:
張り合うっていうのか、追い出したいんですよ。

新谷:
せっかく連れてきたのに?

鈴木:
そう。それを自分のエネルギーにする。
要するに、自分が普段は描かないようなカットを描いて、そいつに苦労させるでしょう。それを見て、ニタニタ笑うから良いものが出来るんですね。戦いですよ。

新谷:
めちゃめちゃ面白いですね。

鈴木:
ほんとうに凄い男だなと思いました。
ぼくは、プロデューサーで良かったなと思いました。

新谷:
そのドロドロしたというか、ふつふつと湧き上がるものが、全然枯れてないのが凄いですね。

鈴木:
追い出したいんですよ。それで、追い出して「さあ、どうする?」って、ぼくに突きつけたいんですよ。
そんなの冗談じゃないですよね。ぼくだって負けないもん。

新谷:
それは、本田さんはムッとしたりしないんですか?

鈴木:
彼は、それを受け止めたんですよ。戦ったんですよね。
それで、ああでもない、こうでもないって、宮崎がイチャモンつけるんですよね。でも、それは彼のエネルギーですよ。ぼくはそう思う。