第89回米国アカデミー賞がアメリカ・ロサンゼルスで行われ、長編アニメ映画賞にノミネートされていたスタジオジブリ作品『レッドタートル ある島の物語』は惜しくも受賞を逃し、ディズニーの『ズートピア』が栄冠に輝きました。
授賞式直後には、鈴木敏夫プロデューサーによる記者会見が開かれ、『レッドタートル』のことや、宮崎駿監督の長編作品について語られました。
かなり期待していたが、ダメだった。
鈴木:
ぼくも、2年ぶりにアカデミー賞に来まして。それでこの間、『千と千尋の神隠し』以来、アカデミー賞を受賞することがなくて。だけど、今回はちょっと期待していたんですよ、ほんとうのこと言うと。『レッドタートル』って映画は、ジブリでプロデュースして、現場はフランスで作る。スタッフはヨーロッパの人っていう、その組み合わせも面白いし。同時に、内容も最近の映画ってちょっと騒がしい映画が多いじゃないですか。そういうときに、こういう静かな映画っていうのが、特にこういう映画の賞だと、人の目を惹くんじゃないかなと。そんな気がしていて、かなり期待をしていたんですけど。残念ながら、受賞できませんでした。
ぼく自身は、英語がダメなんですけど、発表の直前までどうやって喋ろうかなとか、いろいろ考えてたんですよ(笑)。
一階の、ある席にいて、もし『レッドタートル』の声が出たら、すぐ立つ用意をして。ぼくの隣のマイケルも一所懸命、受賞の挨拶をメモしたりして。それは幻に終わってしまったので、残念なんですけれど。まあ、しょうがないです。
とはいえ、心残りなんですけど。一方的に喋っちゃうと、昨日約束していたんですけど、ピクサーのジョン・ラセターに会いまして。それで、いろんな話をする中で、最初の話題がこの『レッドタートル』だったんですよね。
それで、会っていきなり、彼はいつも強いハグをしてくれるんですけど、いきなり「『レッドタートル』は、ほんとうに素晴らしい映画だ」と、そう言ってくれたのは、ぼくにとっては、いちばん嬉しいことでした。
皆さんご存知のように、ジョン・ラセターって人は、ピクサーを率いて、ヒット映画をどんどん作り続けている人なんで。皆さん、ちょっと意外に思われるかもしれませんけれど、とにかく彼が「ほんとうに良い映画である」と、「あの映画は、いったいどうやって作ったんだ」っていうことを改めて聞かれて、説明するということもありました。
いろいろありましたけれど、ジョンが褒めてくれたということで、ぼくはある種の満足を得たので。ほんとうはアカデミー賞も頂けると良かったんですけど、残念ながらダメでした。
マイケルとやることが、まず第一だった。
――この後も、海外の監督と組んで、2作目をやられるんですか?
鈴木:
それは、たぶんないと思います。というのは、ぼくはマイケルとずいぶん長い期間お付き合いをして。マイケルの8分間の短編『Father and Daughter(父と娘)』を観たことが、今回の映画を作るきっかけになったんですよね。
彼は、ずっと短編ばかりやってきた人だったので、この人が長編を作ったら、どんな映画を作るんだろうって、それが素朴な興味としてあって。それで彼に話を持ちかけたら、「ジブリが協力してくれるなら、やってもいいよ」と。そういう答えを得たのでやった。とはいえ、ぼくが彼に、いちばん最初にこの話をしたのは、なんと10年以上前。2006年なんですよね。そこから数えると、映画の完成は、去年の3月でしたから、数字だけでいうと10年くらい掛かったということになります。
実を言うと、カンヌで賞を頂いたときにも、いろんな記者の方から「マイケルの次は誰だ?」っていうことを、ずいぶん聞かれたんですけど、ぼくとしてはマイケルとやることが、まずいちばんだったんで。他の人を、特に考えているわけではありません。
宮崎駿の復帰と呼ぶには時期尚早
――先日、宮崎駿監督の復帰の話が出ていましたが、鈴木プロデューサーの口から、その状況について……。
鈴木:
どうやって言ったらいいのかなぁ……。あの発言をした場、要するにアカデミー賞にノミネートされた作品を、それぞれが作品について答えるっていう、そういう場で。ぼくが、あらかじめ聞かされていたのは、メディアの人はいないっていうふうに聞かされていたんですよ。
あれは、毎回、アカデミー賞の度にやるイベントで、ぼくは『風立ちぬ』のときに登場したことがあったんですけど。なにしろ、今回は司会者が、前年度のアカデミー賞の受賞者、ピート・ドクターっていうピクサーの方で。この人と、ぼくは長い付き合いがありまして。そういう場で、ジブリの今後に質問を受けて。自分が、どういうふうに言ったかということもあるんですけど。最初、かなり答えをためらうんですよね。ぼくの記憶だと、天を向いちゃったんですよ。答えようがなくて。だけれど、ピートとは仲が良いし、そういうことを聞かれたら、ある程度ほんとうのことを喋んなきゃいけない。
ぼくが、そこで喋ったのは、「引退したとは言っても、企画の検討その他は、やりますよ」と。実を言うと、宮崎駿は、今そういうことをやっています、と。一つは、短編映画を作っているということ。それから、もう一つは、長編を今作るなら、なんだろうということで、そういう話もしている。
ただ、この段階で言うと、普通だったら企画の内容、「こういう作品を作りたい」と話すはずなんですけど、それは製作発表の場じゃないから。それと、準備も整ってません。故に、企画の検討とかはやっていますと。だから、もしあるのであれば、準備の段階でしょうと。そういう話をしたつもりなんですよ。それ以上、今の時期に語るべきじゃないし。
仮に、やったところで、そうとう時間の掛かることなんでね。もし、実際やることになったとしても、今はまだその時期ではないということで、お話したことだと思いますけどね。それは、記者会見じゃなかったので、もう少しフランクに話しましたけれど。「こんなのはどうだろう? あんなのはどうだろう?」というのは、しょっちゅうやってますからね。
――スタジオジブリが、宮崎駿監督の長編作品にGOサインを出したというのは、尚早ということですか?
鈴木:
それは、ちょっと違いますよね。何をやるか決まった段階で、製作発表というのをやるんですよ。だって、まだ決まってないわけですからね、そういうことで言えば。そういう準備に、時間がかかるんですよ。やると言ってもね。
ただ、その発言が、日本でいろいろ報道された。ぼくも、いろいろ聞きましたけれど、まあ、しょうがないかなと、そう思っています。
マイケルは西洋人でありながら、東洋の考え方がある。
――ジョン・ラセターさんと一緒にタッグを組んで、作るということはないですか?
鈴木:
ぼくが、なんでマイケルと一緒に映画を作ろうと思ったのか。彼は、もちろんヨーロッパの人で、オランダの人。当然、作るものは西洋人の作るものなんですよね。ただ、考え方に、物語の中に、彼は日本が好きというのか、東洋の考え方があったんですよね。だから、ぼくは『Father and Daughter』に、西洋と東洋がひとつのものになるかなっていう、そういう考えをもっていたんで、『レッドタートル』もそうなるに違いない。西洋の人も、東洋の人も、みんなが理解できる作品ができるんじゃないかなって。そういうふうに考えていたんですよね。だから、そういうことがあったが故の企画決定でした。
そういう場合も、シナリオができて、そのうえで検討ですよね。作品というのは、そういうものなんで。最初のうちにシナリオ書いたって、それが全部映画になるかっていったら、全然ならないですよね。
宮崎駿の企画検討は、死ぬまで続く。
――宮崎監督が長編の企画を検討されるというのは、引退を撤回されるということですか?
鈴木:
彼は、長編映画からの引退ということで、記者会見を開いたんですけど。引退してから、3年半ですかね。いろんな企画を言い出す人なんですよ。そのときは、ほんとうにそう思ったんでしょう。なにしろ、自分が76歳ですから。そういうことで言うと、実際に作る体力が自分にあるのか。それから、やる気があるのか。そういうのは、いろいろあると思うんですよ。ただ、企画は「これやったらどうか? あれやったらどうか?」。やっぱり、いろいろ出す人なんですよ。それは、死ぬまで言う人だと思うんですよね。
最近だって、次から次へと、ぼくに「これを読んで」とか、原作ものとかをね。そういうことがあるんですよね。だから、延々続くんでしょうね。
――今おっしゃったことは、引退を撤回したという表現で良いのでしょうか。
鈴木:
だから、こういうことでしょう(笑)。本人は作らないって言ったんだから、引退するって言ったんだから、これで企画をいくつ検討していても、映画ができなきゃ引退ですよね。そういうことになるんじゃないですか? ぼくも無理矢理な理屈で言ってるけれど。
仮に、本格的に作りだしちゃったら。そして、それが完成したら、それは引退撤回ということなんでしょうね。長編映画っていうのは、作るために凄いスタッフの数がいるんですよ。今、本人ひとりですからね。600人からの人が必要になるんで。
だから、もしほんとうに作ることになったら、ぼくは発表しますよ。当り前だけれど。今日は、そういう段階じゃないってことです。だから、今「作るんですか?」って聞かれたら、否定せざるを得ないですよね。だって、何にもないんだもん。
――一所懸命、描いてらっしゃると?
鈴木:
描くっていうのは、企画検討っていうのは、そういうもんだから。こないだ、ある記者の方たちに話したのは、「企画検討です」って。あるんだとしたら、準備段階ということだけど、それはものになるかどうか分からないって。そういう作品って、いっぱいあるんですから。
突然、若いときに考えていたやつをやりたい、なんて言い出すときもあるし。例えば、『トトロ』の企画は、彼がほんとうに着手するまでに、10年かかってるんです。実を言うと、『もののけ姫』もそうなんですよ。企画っていうのは、そういうものなんですよね。ちょっとやってみたけど、やっぱりダメだとか。企画はしても、映画にならなかった映画は、腐るほどあるから。そういうもんですね。
『レッドタートル』の方はいいですか? 話が、そっちばかりになっちゃいそうだから(笑)。
誰かと出会ったら、また作る可能性はある。
――マイケルさんとは、また作るんですか?
鈴木:
いや、それも一回やったでしょう。ぼくにとっては、非常に貴重な経験になりました。じゃあ、続けてもう一回やるかっていうと、まだ考えてないですよね。さっき申上げたように、話をしてから10年。その次の10年っていったら、ぼくはいくつになるんだろう、って考えちゃうでしょう。だから、いろんな諸条件を考えるんですよね。
さっき、ジョン・ラセターと一緒にやるのはどうかって話があったけれど、彼は非常にアメリカ的な映画を作る人だから、やっぱりたぶんないんじゃないかな、って気がしてるんですよ。
ジョン・ラセターの『レッドタートル』の評価もさることながら、どういう切欠で一緒に作ることになったのかって、ジョン・ラセターにくどく聞かれました。「おれとはやらないんだな?」とは言いませんけどね(笑)。
――今後、どういう作品を作っていきたいですか?
鈴木:
そういうのって分かんないんですよ。と言うのは、マイケルなんかには出来心で、つい言っちゃったんですよ。外国の人は、二度とやらないって言っているけれど、また誰かに会ったらやっちゃう可能性はあるんだから。これは、なんとも言えないですよね。
画だけで表現するのは映画監督の夢
――作品のことなんですけど、まったく台詞を使わなかった理由はなんですか?
鈴木:
『Father and Daughter』って8分間なんですけど、台詞がなかった。その効果って、いっぱいあったと思うんですよ。実は、ジョン・ラセターも、いちばん最初にそのことを言いだしたんですよ。台詞なしで映画を作るっていうのは、「それは、ぼくらの夢だ」って。要するに、画だけで表現するって、やっぱり映画監督たちの夢ですよね。アニメーションだろうが、実写だろうが。
最近のライブアクションでいうと、『わたしは、ダニエル・ブレイク』。これなんかも、冒頭から最後の方まで、音楽がないですよね。そういうところに、すぐ目がいっちゃうんですよ、ぼくなんかは。そうすると、こういうのをやるのかって、ワクワクしますよね。
今回、『レッドタートル』をやるにあたって、創作はジブリが責任をもってやろうと。現場で作るのは、フランスのワイルド・バンチって会社がやってくれるということで、共同制作をやろうと。そこに、ぼくらと付き合いの長い、バンさんっていう人がいるんですけど。さっき言った、カンヌでパルム・ドールをとった『わたしは、ダニエル・ブレイク』って、ワイルドバンチ製作なんですよね。バンさんに、そのことを話そうと思ってたんだけど、忘れちゃったんですよ(笑)。すごくいい映画だったから。音楽の使い方が、非常に面白かった。
星野:
ワイルドバンチは、スタジオジブリの海外配給の取引というか、関係が長くてですね。他にも、『アーティスト』であるとか、ほんとうに素晴らしい映画を作ってきた会社で、ジブリとはたいへん長い信頼関係のあるフランスの会社です。
計画的に作ってきた会社じゃないので、どこでどうなるかわからない。
鈴木:
皆さんも、気になってらっしゃるだろうから、露骨に言っちゃいますけど、宮崎駿の件だって分からないわけですよ、ぼくだって。ほんとうにやっちゃうかもしれないし、やらないときはやらないわけですよ。普通の実写映画だと、クランクインって撮影からやるじゃないですか。そうすると、(アニメーション)映画の場合、ある程度確実になるのは、やっぱり絵を描き始めてからなんですよね。そうすると、ほんとうに作るんだなって。少し様子見ないとね、どこで止めるかわからないから、心配なんですよ。
ぼくも昔、出版社にいて。映画と、小説とか漫画と、いちばんの違いっていうのは、紙に描くものってお金がかからないでしょう。でも、映画って、お金がかかるんで、あまり簡単にこうだって言えないんですよ。だって、どこでどうなるか、ほんとうにわからないですから。そんなに計画的に、いろいろ作ってきた会社じゃないし。ほんとうにそうなんですよ。ちょっと休もうや、って言って一年くらい休んだりね。自由にやってきて、それを世間の方が受け入れてくれたんで、ほんとう幸せだったと思ってますけど。
とにかく、今回の『レッドタートル』について、これだけは伝えておかなければいけないのは、もし受賞できたらって、言葉を考えるじゃないですか。そうすると、まず第一に、マイケルへの感謝。要するに、「作って」って言うのは簡単で。実際作るのって、ほんとう大変だと思うんですよ。そういうことで言えば、フランスのワイルドバンチのバンさんを始め、現場の方。ほんとうに頑張ってくれたし。頑張るっていう中に、『レッドタートル』の特徴として、ヨーロッパ中のアニメーターが集まったんですよね。
それで、『レッドタートル』が完成したじゃないですか。宮崎駿は、それを観たんですよね。手描きのアニメーションなんで、刺激を受けたんですよ。そうすると、「このスタッフは、どこにいる?」とか言い出すわけですよ。「このスタッフがいるなら、おれもできるかな」とか、ふとそういう感想を漏らす。そういうことがあるんですよ。なかなか難しいですけどね、その人たちをみんな集めるのは。と、ぼくは言いました(笑)。
宮崎駿が語った『レッドタートル ある島の物語』
――『レッドタートル』は、今までのジブリと全然違うと思ったんですけど、その立ち位置というのは……。
鈴木:
それは、よく言われるんですけど。ぼくは、高畑勲を宮崎駿、このふたりだって、ずいぶん違うなって思ってるんですよ。
そういうことで言うと『レッドタートル』は、宮崎駿の感想が答えになるかもしれないけれど。『レッドタートル』を観て、宮崎駿の感想は二つあったんですよ。一つは、商業映画を作っていると、どうしても映画の中でお客さんを喜ばせなきゃいけないっていうので、ついそういうシーンを入れちゃう。「あなたの映画には、それが何もない」と。それが、「見事だ」って言ったんですよ。それは、宮さんは、マイケル自身にそれを伝えました。
それと同時に、これだけ日本のアニメーションが世界で有名になって、外国のいろんなアニメーション映画が、日本のアニメーションの影響を受けているわけですよ。「あなたのアニメーションは、日本の影響をまったく受けていない」と。これも、見事であると。そんなことを、マイケルに伝えてましたね。ぼくも、それを聞きながら、もの凄く納得でしたけどね。やっぱり、自分の信ずる作り方、それをきちんとやったんですよね。そう思います。
――津波のシーンを入れたのは、誰の案だったんでしょうか。
鈴木:
あれは、監督です。実は、さっき申上げたように、(企画を立ち上げて)10年でしょう。いわゆる「3.11」、その前にできちゃってたんです。その後、「3.11」が起こるじゃないですか。そうすると、監督のほうから、日本でそういう辛い事故が起きた、そういうときにこのシーンをそのままやって良いのか、って相談がありました。だけど、ぼくは自然っていうのは、優しいだけじゃなくて、そうじゃない面を必ず持っている。そういうことがあったから、無くすっていうのは良くないんじゃないかって思って、そのままで良いっていう判断をさせてもらいました。
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