宮﨑駿監督の『君たちはどう生きるか』というタイトルは、ご存じの通り吉野源三郎の著作から引用されたものです。
ほぼタイトルを借用したのみで、映画の物語にはほとんど関係していません。
しかし、映画の中にも吉野源三郎の本として『君たちはどう生きるか』が登場し、主人公・眞人に大きな影響を与えます。
物語冒頭、眞人は弓矢を作っているときに、机に積んである書籍をうっかり崩してしまい、その中から「大きくなった眞人君に」という母親の文字を見つけます。
その本が吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』でした。
眞人は、その本をゆっくりと読みはじめ、とある箇所を読んでいるときに涙をこぼします。
そのすぐ後に、眞人は夏子を助けに行くことを決意します。
眞人の心情に影響を与えた箇所はどこだったのか。
映画には、一瞬だけ涙を落したページが映りこみます。そこには、「お母さんの言葉を後ろに聞いて、もうその時には、コペル君は下駄を突っかけながら、玄関を飛び出していました」という文章があることがわかりました。
このことから、眞人は第8章を読んで泣いていたことがわかります。
小説の主人公・コペル君は、友達3人との約束を破り、いじめっ子から逃げてしまいます。
そして、感冒をこじらせてしまったコペル君は、半月ほど寝込んでしまいました。
そんな折、母親からの体験談で、後悔するような出来事や、やろうと思ったのにできなかったことも無駄ではないという話を聞かされ、コペル君の心は少し前を向きます。
コペル君はその後全快し、友人との人間関係で苦しんでいた心にも平穏が訪れます。
あのとき眞人はなぜ泣いたのか、眞人にどのように響いたのかということは、映画の中では説明がありません。
しかし、眞人にとっては分岐点ともなる大きな経験となり、夏子を助けなければいけないと決意させるだけの勇気を与えたことだけはわかります。
これは想像するしかないですが、コペル君に感情移入した眞人は、自分の物語であると感じたんじゃないでしょうか。
コペル君の母親の言葉はとてもやさしく、思いやりに満ちたもの。そして、この本を読んでほしいと願った眞人の母親からのメッセージ。眞人はこの言葉を、実際に母親から言われたものとして、受け取ったのではないかと思います。
ぼくらが子どもの頃にスタジオジブリ作品を観て勇気をもらったように、物語の中に入って、何かを持って帰ってくる。
フィクションの世界だけれど、時には真実と言うものを教えてくれて、現実と向き合う勇気をくれる。
眞人にとって一冊が、この『君たちはどう生きるか』だったのかもしれません。
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君たちはどう生きるか 吉野源三郎著『君たちはどう生きるか』 |