『君たちはどう生きるか』登場人物モデル

宮﨑駿作品のキャラクターには、モデルが存在することが多々あります。
『君たちはどう生きるか』もその一つで、数多くのキャラクターにモデルがいることが明かされています。
そこで今回は、判明しているモデルをご紹介します。



といっても、宮﨑監督はひとりのキャラクターに複数人を投影することも珍しくありません。
特に、この『君たちはどう生きるか』については、その傾向が強く感じられます。

鈴木敏夫プロデューサー曰く、宮﨑監督はすべてにおいて見たもの触れたものを描くといい、キャラクターにおいてもすべてモデルがいるとされています。
本作においては、東映動画時代にお世話になった人間が描かれていると鈴木さんは話しています。

ということで、今回ご紹介するキャラクターのモデルは、あくまでもモデルの一人と受け取ってください。
本作は、観た人の解釈に委ねられた部分の多い映画ですので、ひとつの側面として鑑賞するのが良いと思います。

眞人/宮﨑駿

君たちはどう生きるか
眞人に関しては、いろいろな要素が投影されていて、具体的なモデルがハッキリ決まっているわけではありません。

ですが、眞人は、宮﨑駿監督の幼少期の経験や、内面的な葛藤を部分的に反映している可能性があります。
宮﨑監督はこれまでのインタビューで、自身の戦争体験や疎開生活、鬱屈した子供時代、家族との関係が作品に影響を与えていると語っており、眞人の物語(特に戦争中の設定や母との関係)にはその要素が見られます。

鈴木敏夫プロデューサーからは、「主人公は宮﨑駿である」という考察もありました。客観的にみても、宮﨑監督自身が投影されている部分は大きいと思います。

また、宮﨑監督の知り合いの息子がもう一人のモデルであることも、鈴木さんは明かしています。その子は、宮﨑監督と一緒に、別荘である信州の山小屋で二週間過ごしたそうです。

ここからは想像となりますが、「眞人」という名前についても、スタジオジブリの関係者の子どもの名前から引用した可能性もあります。
2023年11月に銀座で開催された、スタジオジブリの石井朋彦さんによる「石を積む」という写真展で、ジブリの作画ルームの写真が展示されました。
その作画ルームには、ジブリのスタッフが赤ん坊を抱っこした写真が貼ってあって、小さな文字ですが「眞人 ひと月たった?」と書いてあるように読むことができました。

ヒミ/母親・宮﨑美子

君たちはどう生きるか
宮﨑駿監督は自身の母親との関係や、戦時中の家族の経験を作品に投影することがあり、ヒミにもその影響が垣間見えます。
これまでにも、自身の作品に何度も母親を投影してきたことは、過去のインタビューでも語られています。『天空の城ラピュタ』のドーラとシータ、『となりのトトロ』の草壁ヤス子、『崖の上のポニョ』のトキさんといったキャラクターは、部分的に宮﨑監督の母親が投影されてきました。

そして、今回の『君たちはどう生きるか』のヒミについても、母親の面影を見ることができます。
特に、ヒミの精神的な強さや優しさ、神秘的な雰囲気は、宮﨑監督が子供時代に感じていた母親像を反映しているかもしれません。

鈴木敏夫プロデューサーがTwitteのスペースで本作について話していましたが、ヒミには宮﨑監督の母親が投影されていることは言及されていました。

また、ヒミは単なる現実の人物ではなく、火を操る能力や異世界での役割を通じて、神話的なキャラクターとしても描かれています。
このため、実在する個人をモデルとして捉えるだけではなく、神話、精霊、火の象徴などから作品を読み解くことも重要だと思います。

勝一/父親・宮﨑勝次

君たちはどう生きるか
宮崎駿の父・宮﨑勝次さんは、航空機部品の製造に関わる工場を経営しており、第二次世界大戦中に軍需産業に従事していました。
勝一の設定(戦争中に飛行機部品の工場を経営し、比較的裕福な生活を送っている)には、宮﨑監督の父親の職業や時代背景が反映されているものと思われます。

宮﨑監督の過去のドキュメンタリーやインタビューで、父親が戦争特需で儲けていたことで口論になったことや、戦時中の生活が自身の作品に影響を与えていると語っており、勝一のキャラクターにその一部が投影されていることがわかります。

特に、勝一の現実的で楽観的な性格や、息子との距離感は、宮﨑監督が感じた父親像を反映しているように感じます。
勝一という名前も、勝次さんをもじったものじゃないでしょうか。

これも雑談ベースの話ですが、鈴木敏夫プロデューサーが参加されたTwitteのスペースの話では、父親が投影されていると言及されていました。

大叔父/高畑勲

君たちはどう生きるか
大叔父については、公式からはっきりと高畑勲監督がモデルであると言及されているキャラクターです。

鈴木敏夫プロデューサーによって、2023年9月3日放送の『ジブリ汗まみれ』や、雑誌『SWITCH VOL.41 NO.9 ジブリをめぐる冒険』など複数の媒体で、大叔父のモデルが高畑勲監督であると明言しています。

また、2023年12月16日にHNKで放送された『プロフェッショナル 仕事の流儀「ジブリと宮﨑駿の2399日」』では、大叔父が高畑勲監督をモデルにしているということを軸に、番組が組み立てられました。

この番組では、宮﨑駿監督が高畑監督への思いを反映して大叔父を創作していますが、制作中に高畑監督が死んだことをきっかけに、自身の「呪縛」からの解放を作品に込めたとされています。

サギ男/鈴木敏夫

君たちはどう生きるか
鈴木敏夫プロデューサーは、複数の媒体でサギ男が自身をモデルにしていると認識していることを発言しています。

サギ男と眞人の関係が、「しょっちゅうケンカしながらも最終的に友人になる」というもので、お互いに自分の言いたいことを言い、相手の話を聞かずにコミュニケーションするやり取りなどのシーンを含めて、自身と宮﨑監督との関係に似ていると語っています。

鈴木さんは、宮﨑監督とはアニメージュ時代に出会っており、宮﨑監督からは「うさん臭いやつ」と警戒されたエピソードを明かしています。そういったエピソードは、劇中で眞人がサギ男に敵対心を抱くシーンとも重なります。

また、鈴木さんが、宮﨑監督にサギ男のモデルが誰なのか訊ねたところ、「モデルはいないよ、鈴木さんじゃないよ!」と答えたと言い、反語的に分かりやすく自身がモデルになっていると、鈴木さんは受け取ったようです。

サギ男の鳥を被った容姿に関しては、アステカ文明の「鷲の戦士像」によく似ています。
アステカのエリート貴族戦士の戦士団、もしくは戦場で死んでしまい、鳥に変身した戦士の魂を表わしているといわれています。
これがサギ男と関係しているかどうかはわかりませんが、神話の文脈から読み解くことのできるキャラクターかもしれません。

キリコ/保田道世

君たちはどう生きるか
キリコに関しても、『SWITCH VOL.41 NO.9 ジブリをめぐる冒険』や『THE ART OF 君たちはどう生きるか』にて、保田道世さんがモデルということが明かされています。
保田さんは、スタジオジブリの大半の作品で色彩設計をしています。宮﨑監督とはスタジオジブリ設立以前からの付き合いで、東映動画の先輩にあたります。

保田さんがジブリ作品の色彩を通じて、「世界を美しくする」役割を果たしたことが、キリコの「下の世界での頼れるガイド」としての役割を担ったとも考えられます。
キリコの「縁の下の力持ち」的な役割であったり、「若さと老い」の二面性をもっているキャラクターは、保田さんがジブリで発揮した若々しい想像力や、晩年の穏やかな存在感を反映していると解釈することもできます。

眞人を指導するシーンは、東映動画時代にお世話になったことを反映させたのかもしれません。

インコ大王/宮﨑駿

君たちはどう生きるか
インコ大王についてのモデルも、『SWITCH VOL.41 NO.9 ジブリをめぐる冒険』で明言されています。
鈴木敏夫プロデューサーによると、宮﨑監督は「インコ大王は自分だ」と言い、そして「なりたかったもう1人の自分が眞人だ」と言っていたそうです。

インコ大王の「自分の世界を支配する」姿勢は、宮﨑監督がスタジオジブリを率いるリーダー像であったり、作品に強いコントロールを求める姿勢を誇張したメタファーと捉えられるかもしれません。

最後に、13個の積み木をぶった切ってしまうシーンは、どのように受け取るか解釈がわかれそうです。

以上、

『君たちはどう生きるか』に登場したキャラクターのモデルでした。
他にも、夏子さんや青鷺屋敷のお爺さんお婆さんにも、モデルがいるものと思われますが、明らかになっているのは以上です。

あくまでも明言されているモデルの一人ですので、最初にも述べたように、ひとつの側面として受け取るのが良いかと思います。
特に今回の作品に関しては、明かされていないことも多いですし、宮﨑監督自身も無意識に投影しているものや、言葉では説明しようのないものを表現していると感じます。

個人的な感想で言えば、大叔父に関しては高畑勲監督だけではなく、宮﨑駿監督自身や森康二さんなども投影されているように感じます。
また、キリコには保田道世さんだけではなく、良き先輩として宮﨑監督を導いてくれた高畑監督、大塚康生さんら、東映動画の先輩を反映させているようにも受け取れました。

これらに答えはありませんが、明言されていないだけで、いくらでも解釈の幅がある作品となっています。
明かされているものだけに囚われると、多くのものを失ってしまうかもしれません。