ジブリの声優

『ジブリの教科書3 となりのトトロ』では、声優の起用について宮崎駿監督が語っています。
そのなかで、宮崎監督が庵野氏や糸井重里氏を声優に起用した理由を紹介したうえで、プロの声優について「『わたし、かわいいでしょ』みたいな声を出すでしょ。あれがたまらんのですよ」という監督のコメントを掲載し、物議をかもしているようです。



また、プロの声優を使わないことについては、『鈴木敏夫のジブリ汗まみれ』にて、『耳をすませば』で月島雫のお父さん役をした、立花隆さんと、鈴木プロデューサーの対談でも語っています。

 

声優さんの存在感のなさに、欲求不満がある

宮崎駿監督は、プロ声優をあまり使わない。
最新作『風立ちぬ』、主役の声を担当するのは庵野秀明だ。
庵野秀明は、声優ではない。
『新世紀エヴァンゲリオン』『彼氏彼女の事情』等のアニメ監督だ。
なぜ? なぜ庵野秀明?

(略)

『となりのトトロ』のおとうさんの声も、プロの声優ではない。
糸井重里。コピーライター、「ほぼ日刊イトイ新聞」の人だ。
これまた、ちょい役ではない。重要な役どころだ。
『ジブリの教科書3 となりのトトロ』には、「どうして糸井重里がとうさん役に抜擢されたのか」が詳しく描かれている。

音響監督・斯波重治のインタビューによると、最初はプロの声優を使うつもりでオーディションもしていたらしい。
だが、宮崎監督はそのテープを聞いて、こう答える。
「やっぱり普通のお父さんになってしまいますね」

『トトロ』に出てくるお父さんは子供と友達でいられるお父さんで、いわゆるお父さん的なイメージとは違うんだ、という説明を受けて、音響監督は、別の人を探そうとする。
が、すぐに「糸井さんはどうですか」と宮崎監督から提案の電話がかかってくる。
もちろん音響監督は「えーっ!!」である。
不安はありましたか?という質問に対してこう答える。
「ええ、声をあてるのは、よほどの俳優さんでも難しいことで、特殊な能力を要求されるんです」
宮崎駿自身も、糸井重里との対談の中で「ほんというとドキドキしていたんですよ」と言っている。
なぜ、そんなにも大きなリスクをおかしてまで、糸井重里の起用なのか?

宮崎監督は、糸井重里との対談で、こう語っている(これも、『ジブリの教科書3 となりのトトロ』に収録されている)。
「声優さんの声をいろいろ聞いてみたんですけど、みんな、あったかくてね、子どものことを全面的に理解している父親になりすぎちゃうんですよ」
それで、「これはどこか別のところから人を連れてこなくちゃいけないって話になりましてね。糸井さんがいいっていったのは、ぼくです」

声についてこういうことも言っている。
「映画は実際時間のないところで作りますから、声優さんの器用さに頼ってるんです。でもやっぱり、どっかで欲求不満になるときがある。存在感のなさみたいなところにね。特に女の子の声なんかみんな、「わたし、かわいいでしょ」みたいな声を出すでしょ。あれがたまらんのですよ。なんとかしたいといつも思っている」

これに対して、糸井重里は「逆にぼくらはアニメっていうのはああじゃないといけないのかなっていうふうに思ってたんですよね。芝居もそうだけど、過剰ではないと伝わらないわけでしょ」

実際に、父親役の糸井重里の声は、おとうさんっぽくない。教科書的なおとうさんとしては失格っていう感じすらする。ちょっと不安定で、世慣れていない。
「となりのトトロ」演出覚書の父の項には、こう書いてある(『出発点』P405)。
“実生活のバランス感覚に欠けている部分があって、その負担を娘達におしつけているのだが、今はそれに気づかず、仕事に没頭している。”
声優的な巧さよりも、声優ではない不安定さが必要だったのだ。

 

雫のお父さんは、立花隆さんの存在感に依存した声

『耳をすませば』で声優を務めた立花隆さんについて、鈴木敏夫さんは「ジブリ汗まみれ」の放送で、存在感がほしかったと語っています。

鈴木:
とにかくね、『耳をすませば』の雫のお父さんのことで、いったいどういう人にやってもらおうか、って実は散々っぱら悩んだんですよ。
それで、役者さんだと、いわゆる「お父さん」になっちゃうんですよ。
そうするとね、現代のお父さんっていうのは、お父さんであってお父さんじゃないものがある。自分の好きなことをやっている部分がある。それを出すんだとしたら、やっぱりある存在感がほしい。
それで、上手とか下手とかは、いろいろあるんですけど、これは関係ないんですよ、率直に申し上げると(笑)。
とにかく、茨城弁、水戸の言葉で、訛りがほしくて。

立花:
あぁ、そうなんですか。なるほど(笑)。

鈴木:
だから、標準語だとつまんないっていう。それで、第一声から、宮さんは大喜びで。

立花:
僕なんかは、全然ダメっていうのは分かっていて。まあ、しょうがない。いいですよ、って感じで。

鈴木:
とんでもない。
とにかく、立花さんのキャラクターに依存した声だったんで。
だから、雫に対しての言い方がね、やっぱりほんもののお父さんなんですよ。他の方じゃ、できないし。
やっぱり、なかなかね、役者さんじゃできない演技ってあるんですよ。

 

ジブリは普通の芝居ができる人じゃないといけない

また、2010年に行なわれた、鈴木敏夫プロデューサーの講演会のなかでも、プロの声優を使わない理由について話しています。

――最近のジブリ作品は、有名な役者さんを声優に起用していますね。特に「耳をすませば」の立花隆さんは意外でした。

鈴木:
ようするに、ジブリの作品って、衣食住を丁寧に描くでしょ。そうすると、日常芝居が多いんですよ。こうなると、芝居のほうも、大袈裟では困るんです。普通の芝居が出来る人じゃないといけない。
それで、大きくいって、声優さんの芝居って、ハレとケにわけると、「ハレ」なんですよ。そして、ぼくらがほしいのは「ケ」なんですよ。
トトロのお父さんは、なぜ糸井さんかって言ったらね。あのお父さんは、お父さんですか? お父さんらしいと思いますか?

――お父さんらしいです。凄く糸井さん良かったと思います。

鈴木:
良いか悪いかじゃなくて、お父さんってあんな声していますか? ちゃんと、お父さんしていますか? 
ぼくは違うなあと思ったんです。
だって、自分の研究に没頭してね、家のことはあまりやっていなかったでしょ。
これが、ちゃんとしたお父さんですか?

――でも、こういうお父さん、今は多いと思います。

鈴木:
今はね。昔は?

――昔は、ひとつの一本の柱だから違いますね。

鈴木:
だから、昔のお父さんだったら、重厚な役者さんが欲しいんですよ。
そうすると、糸井重里っていう人の特長は……、つまり威厳がないでしょう(笑)。
これが欲しかったんですよ。
そうするとね、お父さんであってお父さんじゃないんですよ。役者さんで、そういうこと出来る人います?
アリエッティの三浦友和さんなんかだとね、お父さんらしかったですよね。これ、ジブリに登場した初めてのお父さんですよ(笑)。
だから、立花隆さんはね、やっぱり普通の役者じゃだめだよね、っていうところからきたんですよ。
今のお父さんの特長っていうのは、お父さんであってお父さんじゃない。無責任なんです。
だから、ひとつひとつに理由があるんですよ。糸井さんが有名だから使うとか、そういうのは一切ないんですよ。

例えば、ハウルでね、キムタクっていう人を皆さん注目されていたけど。いろんなこと言われましたよね、「これでお客さんを呼ぼうとするのか」って。
大体ね、言いたかないですけど、ぼくとか宮崎ってね、キムタクってほとんど知らないんですよ(笑)。
それでね、真相を話しますね。ようするに、ハウルって男はどういう男かってことなんですよ。ぼくと宮崎はひとつ決めていたことがあるんです。
ハウルは、いい加減なやつって。男のいい加減さを持ったやつって。そういうことでいうとねぇ、これ誰にやってもらったら良いですか?
ほんとうに悩んだんですよね。

そんなあるときにね、木村さんのほうから出演の希望がきたんですよ。それで、ぼくのほうは宮さんよりはましですから、確か人気がある人だよなぁ、って思って。
それでね、ぼくは娘に、「キムタクってどういう人なの?」ってきいてみたんですよ。そしたら、「良い男だよ」って。
それで次に、「いろんなこと言うんだけど、真実味がないんだよねぇ」って(笑)。
これはいけると思ったんですよ。
それで、第一声、木村さんに声出してもらったでしょ。もう、宮さん大喜びですよ。やっていくセリフ、ほとんど直しなし。

だって、男のいい加減さって難しいですよ。昔でいうと、例えば森繁久弥だったら出来たでしょうねぇ。
だから、そういうことでいうと、なかなかいないんですよ。いまの役者さんって、みんな真面目じゃないですか。
で、逆にいうとね、みんなはまらないんですよ。お父さんっていったら、お父さんしかできない。
例えば、「いい加減なお父さんやって」って頼んでも出来ないですよね。

ジブリの哲学 変わるものと変わらないもの
著者:鈴木敏夫
宮崎監督との日常の何気ない会話から生まれてきたこととは……。ものづくりの愉しさと、著者の熱い思いが伝わってくる、貴重なドキュメントエッセイ。

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