『火垂るの墓』と『となりのトトロ』は、スタジオジブリとしては初めて二本立て上映で公開された作品です。
本作には、同時上映だからこそ起きた、様々なエピソードがあります。
まず、アニメーターの近藤喜文さんを高畑勲監督と宮﨑駿監督で奪い合ったというエピソードは有名ですが、もうひとり両監督から取り合いになったのが、色彩設計の保田道世さんです。保田さんについては、メインは『火垂るの墓』に参加し、『となりのトトロ』では主な色彩設計をした上で、もう一人別の色指定スタッフを立てるということで解決しています。
こうして制作が始まった両作品ですが、同時上映ならではの対抗意識というものが宮﨑駿監督にはあったようです。
当初、『火垂るの墓』と『となりのトトロ』は60分程度の作品として企画がスタートしています。
しかし、制作が進むうちに『火垂るの墓』は60分を大幅に超えることがわかります。
そこに対抗意識を燃やしたのが宮﨑駿監督。『となりのトトロ』も長くすると言い出し、当初ひとりっ子の予定だったヒロインを、サツキとメイの姉妹に変更して、物語を86分へと拡大しました。
さらに、映画の内容についても宮﨑監督は『火垂るの墓』を意識して、登場する夏の風物詩などができるだけかぶらないようにしていきます。
『となりのトトロ』では蛍が飛びそうなシチュエーションではあるけれど、『火垂るの墓』で蛍が飛んでいるために使わないようにしたり、清太がトマトを食べているために、サツキとメイにはキュウリを食べさせるといった工夫がありました。
以下は、『となりのトトロ』の絵コンテに収録された宮﨑駿監督のインタビュー記事の抜粋です。
宮﨑駿:
ほんとうはあそこだったらホタルもとぶはずなんだけど、片方にホタルが出てくるからホタルだけは出せないとか(笑)。
清太がトマトを食うでしょ。しょうがないからこっちはキュウリをかじらせたり。
パクさんに聞きに行くんですよ「あの、トマトかじりますか」って。じゃ、ぼくはキュウリで(笑)とか。「ヒバリ飛びますかね」って聞いたら、ヒバリは飛ばないというからヒバリは飛ばしたりね。
このように、宮﨑駿監督は『火垂るの墓』を強く意識していました。
完成した『火垂るの墓』について、宮﨑監督がどう思っているかというと、どこか素直に褒めたくないというところがあるようです。
後に、『ナウシカ解読』という書籍の中で、宮﨑駿監督は『火垂るの墓』について、以下のように話しています。
宮﨑駿:
『火垂るの墓』にたいしては強烈な批判があります。あれはウソだと思います。まず、幽霊は死んだ時の姿で出てくると思いますから、ガリガリに痩せておなかが減った状態で出てくる。それから、巡洋艦の艦長の息子は絶対に飢え死にしない。それは戦争の本質をごまかしている。それは野坂昭如が飢え死にしなかったように、絶対飢え死にしない。海軍の士官というのは、確実に救済し合います、仲間同士だけで。……それは高畑勲がわかっていても、野坂昭如がウソをついているからしょうがないけれども。戦争というのは、そういうかたちで出てくるものだと僕は思いますけどね。 だから、弾が当たって死ぬのもいるけれど、結局死ぬのは貧乏人が死ぬんですよ。
……巡洋艦の艦長の息子は死なない、それを僕は許せないんですよ。日本における戦争の具体的なことをあいまいなまま、あの巨大な間違いの時期をすべて悔い改めようということでは、いっこうに戦争にたいするリアリズムが芽生えないと僕は思うんです。
痛烈な批判をしている一方で、後に宮﨑監督は「代表作は、やっぱり『火垂るの墓』だろう」と認める発言もしています。
どちらも宮﨑監督の本音ではあると思いますが、素直に褒めるだけではなくそういうことにこだわるというのが作り手らしいですね。
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