スタジオジブリを継承することを堂々に掲げ、船出を切ったスタジオポノックの米林宏昌監督。
これまでに、スタジオジブリで監督を務めた人は、高畑勲・宮崎駿両監督以外にも少なからずいましたけど、ジブリでアニメーターとして育ち、監督までのぼり詰めたのは米林監督ただ一人です。
スタジオジブリの5年計画
スタジオジブリを継承すると掲げるに値する人物が、米林監督です。
そんな米林監督は、いったいどのような経緯で監督を務めることになったのでしょうか。
そこには、スタジオジブリらしい、行き当たりばったりの監督就任劇がありました。
当時、米林宏昌さんは宮崎監督の右腕として活躍する、腕利きのアニメーターでした。
『崖の上のポニョ』で、ポニョが魚に乗ってやってくる一連のシーンを描いたのが米林さんで、躍動感のある難しいシーンを任されることが多かったといいます。
その腕を買われて監督に抜擢された、と普通なら考えてしまいますが、そうではありません。
ある日、宮崎監督は、ジブリの存続を考えて、「ジブリ5か年計画を立てよう」と言い出しました。
これまで、2年で1本の作品を作っていたところ、3年で2本を作り、その後に超大作を作ることを提案しました。
その最初の2本は、若手で作ることに決まり、あとは企画と監督を決めるだけでした。
企画は紆余曲折ありながらも、宮崎監督の提案により『借りぐらしのアリエッティ』になりましたけど、まだ監督は決まっていません。
宮崎さんと鈴木さんは、散々ッぱら話し合いをしたそうですが、監督候補は現れませんでした。
鈴木敏夫は、宮崎駿を困らせようと思った
なかなか監督がいないってことは、お互い分かっていることなのに、あるとき宮崎さんは「鈴木さん、監督はどうするんですか?」と、追い詰めるように言いました。こういうときの宮崎さんは、鈴木さんを会社の責任者として扱うそうです。
そこで悔しくなった鈴木さんは、具体的な名前を出そうと考えて、思わず「麻呂(米林)」とつぶやきます。
米林さんは、それまでアニメーターとして宮崎監督を支えていました。ところが、監督になってしまうと、宮崎監督とは同業者になってしまう。常々、宮崎監督はこう言います、「一度監督をやると、アニメーターには戻れない」と。
つまり、米林さんが監督になることで、宮崎監督の腕からはぎ取ることを意味しています。
鈴木さんは、宮崎監督が困ることを狙って、「麻呂」と答えたそうです。
その瞬間、宮崎監督は目を伏せて、「いつから考えてたの?」と言います。
鈴木さんは、「2、3年前ですかねぇ」と、以前から考えていたように嘘をつきます。そのまま話は進んでいき、米林宏昌監督が誕生することになりました。
米林宏昌監督を起用することについて、宮崎監督はこのように語っています。まだ『借りぐらしのアリエッティ』を制作している、2009年のインタビューです。
茫然と麻呂がいたから、「お前やれ」となった
宮崎:
人がいなかったんです。もう一つは、勘です。ほんと、それしかないんです。それ以上、説明しようがないんです。これ以上立ち入ると、彼の主体性を奪うという、限界までは手助けをしましたけど、そこからは引きました。彼は、与えられたシーンを、自分流に昇華していくことに才能を発揮したんですよ。でも、人にシーンを与えて、自分で絵を直さないとなると、全部腕をもぎ取られる可能性があるんです。その可能性は、今も厳然としてありますね。
じゃあ、全部自分で絵を直せるかっていったら、そんなに早い人間じゃないですから、直せないですよね。どうなんでしょう。彼も、このスタジオも、今ぶちあたっている試練だと思いますけどね。
次々と野心を持っていて、次々と新しいものを作りたい人間たちが、自分たちのスタジオの中から排出してくるはずだったんだけど、排出してこないんですよ。で、ほかの世界にもいるかっていったら、どうもあまり排出してないんですよね。
どうしたら良いかって、店を畳むわけにも当面はいかないということになると、誰か見つけなきゃいけない。そのときに、茫然と麻呂(米林)がいたから、「お前やれ」ってことになったんです。そういう状況がなかったら、あいつも監督やろうと思ったことはないはずだしね。それは、ほんとうのとこですよ。「麻呂は、素晴らしい才能を持っていた」なんて言ったってね、それは持ってますよ。持ってるけど、監督になろうと思ってきた人間じゃないですから。それは大きな、我々のチャレンジって言うとカッコイイけど、チンチロリン勝負の賭けみたいなもんですよね。「半か丁か」って。本音を言っちゃってまずいかな。でも、本音です。
鈴木プロデューサーの偉いところはですね、肩入れして、なんとかしておだて上げて、持ってる以上の力を出させようと努力してるし、本人もそれについては、必至に応えようとしてるんじゃないかと思いますけどね。
米林監督に、演出家としての才能があるのかどうか、このときの宮崎監督にはまだ判断がついていないようです。不安すら感じられますが、米林宏昌監督は見事に監督デビュー作を成功させ、今ではスタジオジブリを引き継ぐような演出家となりました。立場が人を作るのですね。
『借りぐらしのアリエッティ』Blu-ray 米林宏昌監督の長編アニメーションデビュー作 |