ゲド戦記

宮崎吾朗監督の第一回監督作品『ゲド戦記』が、「金曜ロードSHOW!」で放送されます。本作は、2013年1月以来、4年ぶり。4回目の放送となります。
ということで、例によって例のごとく、テレビ放送に合わせまして、『ゲド戦記』の豆知識を集めてみました。



ゲドの顔の傷

ゲド戦記 ハイタカ
ゲドの顔に傷がついたエピソードは、原作小説1巻「影との戦い」に描かれている。
まだ若かったゲドは、その才能におごってしまい、死者の魂と共に「影」を呼び出してしまい、その戦いの果てに顔に大きな傷を負うこととなった。

テルーの顔のあざ

ゲド戦記 テルー
テルーの顔にあるケロイドは、子どものころに両親から焼かれてつけられたもの。原作においては、もっと痛々しく描かれており、右目はつぶれ、右半身が火傷に覆われている。命の大切さを知っているキャラクター。

テナーの過去

ゲド戦記 テナー
テナーは、カルガド帝国で生まれた巫女で、アチュアンの墓地に幽閉されていたが、ゲドに救い出された過去がある。
墓地では、「テナー」という名前も奪われ、生きる活力を失っていたが、今は女で一つで農園を切り盛りしている。
原作者ル=グウィンも、この農園シーンについては認めているのだとか。

アレンの年齢は17歳

ゲド戦記 アレン
王妃が「17歳にもなって」とつぶやくように、この世界の17歳は既に成人した大人と考えられている。
ゲドが影を呼び出し、結果的にネマール大賢人を死に追いやったのも、もうすぐ17歳になろうという時期のこと。

アレンの父親殺しは、鈴木Pの助言で生まれた

ゲド戦記 アレン・父
きっかけは、鈴木敏夫プロデューサーの「この子は父親を殺しちゃうんだよ」という一言から始まった。この言葉に、吾朗監督は驚きもあったが、アレンのキャラクター像が掴めたという。
また、予告編で「父さえいなければ、生きられると思った」というキャッチコピーがつけられ、吾朗監督は自分のことだと思われると困惑したという。後に、「僕は父がいても生きていけますよ」とコメントしている。

アレンと獣たちのスピーディな攻防は『太陽の王子ホルスの大冒険』のオマージュ

ゲド戦記 太陽の王子ホルスの大冒険
ハイタカの登場から一転して始まる、獣とアレンのスピーディなアクションシーンは、『太陽の王子ホルスの大冒険』の冒頭を飾ったホルスと狼の戦闘シーンをオマージュしたものと思われる。

ホート・タウンの女主人

ゲド戦記 女商人
ホート・タウンの露天商が売りつけようとした反物は偽物。ゴントのものは縦糸が6本使われていて保温効果が高いが、女主人が売りつけようとしたものは縦糸が4本しかない偽物。
女主人は、元々まじないしだった。ところが、魔法が枯渇したためにより所を無くし、露天商となって詐欺まがいの商売をしている。

クモは、スタジオジブリに勤めているスタッフがモデルになっている

ゲド戦記 クモ
クモの風貌は、スタジオジブリのプロデューサー室の田村智恵子(通称、たむちん)さんがモデルになっている。
本人曰く、クモのモデルと知ったときは心外だったと語っている。ちなみに、クモの性別は男。

宮崎駿の『シュナの旅』が原案になっている

ゲド戦記 シュナの旅
原作は、もちろんル=グウィンの『ゲド戦記』だけれど、もうひとつ映画の原案となった作品が、宮崎駿の描いた絵物語『シュナの旅』。この本も、『ゲド戦記』の「世界の均衡」という思想を受けて、人間の営みと自然環境の対立、共存の物語となっている。

『ゲド戦記』は、宮崎駿監督が映像化を企画したが原作者から許可が下りなかった

ゲド戦記 原作
原作小説の発売当初、小説を読んだ宮崎駿監督はたいへん影響を受け、アニメーション化の企画を立てた。
しかし、当時まだ宮崎監督は無名だったため、原作者から映像化の許諾が得られなかった。そのため、その当時は、『風の谷のナウシカ』を制作している。
後に、宮崎監督は世界的巨匠となり、原作者のル=グウィンも宮崎作品のファンとなる。原作者自ら、映像化の要望を宮崎監督に持ちかける。
しかし、宮崎監督は、自分が作りたいと思っていた頃からずいぶん時間が経ってしまったため、監督を断念し、代わりに宮崎吾朗監督によって作られることになった。

宮崎吾朗は、当初アドバイザーとして参加していた

宮崎吾朗
『ゲド戦記』の企画立ち上げの当時、スタジオジブリは将来の運営を考え、若手監督の発掘をしていた。
しかし、宮崎駿監督の介入により、若手が潰れてしまうということが重なっていた。
そこで、鈴木敏夫プロデューサーは、監督との間に息子である宮崎吾朗アドバイザーとして入れることを思いつく。しかし、監督候補だった人間が辞退してしまったため、宮崎吾朗が監督を務めることとなった。

手嶌葵は、アフレコのときに首を絞められた

手嶌葵
テルーの声優を務めた手嶌葵は、首を絞められ苦しむシーンがうまくいかず、最終的に宮崎吾朗監督が実際に首を絞めて、思わず発したその声が使われたという。

手嶌葵、ジブリで首を絞められた思い出を明かす。宮崎吾朗との共通点は「暗い部分が合致する」