先日放送された、鈴木敏夫プロデューサーが出演した、「水トク!子供に聞かせたい「お金儲け」の話をしよう」を文字起こししました。
このときの放送で、ジブリ作品が100億円を越える興行収入を上げながら、お金が貯まっていかないという、その内情を語りました。
ここでは語られていませんが、興収155億円の『崖の上のポニョ』でも、採算ラインに届くのがやっとだったそうです。もしかしたら、『風立ちぬ』は赤字かもしれませんね。
中山:
今日は、鈴木さん、「お金儲け」ということがテーマなんですけど、なかなかこういったテーマでお話しすることはないですよね?
鈴木:
これは、僕初めてなんじゃないかな。
「お金儲け」の話はした記憶がありません。
中山:
じゃあ、今日は貴重なお話が。
鈴木:
はい。勉強します。
あの、『風立ちぬ』はですね、ほんとうにいろんな方に観ていただいてね、僕としてはすごく嬉しい。
だけど、ちょっと辛いことがあるんですよ。
お陰さまで、宮崎駿って人がいたお陰で、それから高畑勲って人がいたお陰で、いつも良い作品を作ってくれるから、ほっといてもいろんなお客さんが見に来てくれたから、そのことで世間から一応、名プロデューサーって言われたんですけどね。
それが、ここにきて、ちょっとやばいかなってことになってるんですよ。
中山:
なんでですか?
鈴木:
いや、だから……、監督が使いすぎたっていうのか……(笑)。
興収100億円でも儲からない生産方法
鈴木:
こないだ教えてもらったんですよ、ある人に。
過去、日本映画で、100億円の興行収入を上げた作品は、何本あるか知っていますか?って。で、僕知らなかったんですよ。
誰か知ってる? ヤマ勘で言ってみて。
――30本。
鈴木:
君、凄いね。俺も30本だと思ったの。
そしたら、本当はね、8本しかなかったのよ。
それで、その内、『千と千尋』『ハウル』『もののけ』そして『ポニョ』と、今回の『風立ちぬ』。なんと宮崎駿はね、そのうち5本がね、彼の作品だったのよ。
中山:
そんな本数しかないんですね?
鈴木:
僕もこれは初めて知りました。たった8本しかないんですよ。
だから、まあ、ほんとう頑張ってくれましたよね。
中山:
となると、売上というのは、大変ものになるんじゃないですか?
鈴木:
さっきね、スタッフの方に教えていただいて、ジブリ作品の興行収入を全部足すと、なんと1400億円。
中山:
見当がつかない。国内のみで。
鈴木:
ジブリにどれぐらいお金が残っているのかって、みなさん気になるでしょう?
中山:
これは、そうとう残るでしょう、だって。
鈴木:
ほとんど残ってないんですよ。これ、嘘じゃないんです、ほんとに。
ほんとに残ってない。残ってません。
なんでかって言ったらね……。
中山:
鈴木さんが使い込んだんですか?
鈴木:
中山さん、もう少し考えてからもの言ってくださいよ(笑)。
映画ってね、スタッフが1本の作品で4~500人なんですよね。
で、その人たちを拘束するでしょう。そうすると、何か月やっていくかで製作費って決まるんですよ。
中山:
作るということは、人を押さえる。人件費であったり、どんどんお金が出ていくんですね。
鈴木:
そうなんですよ。
中山:
例えば、1分間作るのにどれくらい時間がかかるんですか?
鈴木:
アニメーターっていっても、いろいろいるんですけどね。その人たちのノルマが、一週間で5秒。そうすると、5秒で月に直すと4週間ありますから20秒でしょう。
そして、20秒で1年間やると、240秒。つまり4分なんですよ。これがノルマなんです。
だから、僕たちの映画ってね、2時間作るには最低2年かかる。
尾木:
どうしてそんなにかかるんですかね?
鈴木:
まあ、宮崎、高畑、両監督はこだわりますから。
例えば、人によっては、絵コンテだけを描く人がいるんですよ。
それで、アニメーターがやる芝居、動き、これは完全にその人たちに任せちゃう。こういうやり方なんですよ。
ところが、宮崎アニメの最大の特徴、彼は絵コンテを描くと同時に、その芝居のチェックをものすごく頑張るんですよ。「ここの芝居は違う!」って。
そしたら、彼はそれを「描き直せ!」ってやるでしょう?
で、描き直しても上手くいかないときは、自分で描き直すんですよ。そこが大変なんですよ。
だから、今回引退っていうときに、その作業がちょっと辛くなってきた。
中山:
どの作品に関してもですか?
鈴木:
そうですねぇ。とにかく、こだわりますよ、お芝居には。
例えば、『トトロ』でね、みんなも覚えてると思いますけど、メイちゃんがトトロのお腹の上でピョンピョン跳ねるでしょう? あれって、アニメーターなかなか描けないんですよ。
トトロって、お腹押したら、へこみそうでしょう? これって、アニメーターの技量なんですよ。技術。で、普通の人が描くと、固くなっちゃうんですよ。
「へっこむ」って感じが描けない。これはね、宮崎駿じゃないと描けない。
『ハウル』に出てきた、カルシファーって火の悪魔。あれ、全部宮崎駿が一人で描いたんですよ。
それで、なぜかっていうと、火の悪魔だから、身体が変わるでしょう?
これをね、いろんな人にやらせたんだけど、上手くいかない。だから、「俺が描く」って全部描いたんですよ。
そうすると、さっき言いましたでしょう。ワンカット描くのに一週間。つまり、5秒を一週間だけれど、なかにはたった5秒に一か月かかる場合が出てきちゃう。それで、どんどんどんどんずれていく。
――時間がかかると、お金がかかるということですね。
鈴木:
そういうことです。
だから、当然お金いっぱいかかるわけですからね、使った分を僕が回収しなきゃいけないんですよ。
だから、みんなもね、プロデューサーってどんな仕事するんだろう、って興味のある人もいると思うんだけど、ツラい仕事なんですよ(笑)。
中山:
でも、「この映画で行こう」と決めるのは、鈴木さんですよね?
鈴木:
まあ、せめてそのぐらい。
企画の始まり
鈴木:
今回の『風立ちぬ』って企画、ほんとうは宮さんはね、孫ができたもんですからね、孫に見せる映画?
『ポニョ』みたいな映画を、もう一本作ってみたいって言ったんですよ。これ真剣だったの。
だけど、僕はね、なんとなく嫌だったんですよ。
それで、『風立ちぬ』これが良いんじゃないですか? って言っちゃったんですよね。
中山:
そういうとき、宮崎さんは、なんて答えるんですか?
鈴木:
普段は、たいがい二つ返事ですよね。
だから、まあ、大真面目にふたりで喧々囂々、打ち合せるとかあまりないんですよね。
『ハウル』のときなんか、むちゃくちゃですよね。トイレに行ったらね、宮さんがいたんですよ。
「次どうする?」って言われたから、僕おしっこしながらね、「『ハウル』はどうですか?」って言ったらね、「じゃあ、そうしよっか」って、それで終わりですよ。
――『ハウル』はトイレで決まったんですね。入念な打ち合わせがあって決まるんじゃないんですね。
鈴木:
入念はね、もしかしたら今回が初めて。
高畑勲は絶対に妥協しない人
鈴木:
高畑監督っていうのは、みんな見たことあるんじゃないかな。
『アルプスの少女ハイジ』とか、『母をたずねて三千里』とか、『赤毛のアン』を作った人ですよね。
ジブリでは、みんなが泣いちゃった『火垂るの墓』、こういうのを作った監督です。
中山:
作風はまた、宮崎さんとは違うんですよね。
鈴木:
ある時期まではね、さっき言った『ハイジ』とか、『三千里』とかはね、高畑さんが監督で、宮崎駿は絵を描く人だったんですよ。
ふたりで15年間ぐらい、そういうふうにやってたんですよ。
高畑さんというのは、自分は絵を描かない人なんですよ。で、絵描きに無茶な注文をする人なんですよ。
だから、例えば人間の顔だとね、普通絵を描くというと、だいたい7:3とかね、8:2とか、そういう角度で描くんですよ。
ところが、高畑さんは正面から描けって。だから、これ描くの大変なんですよ、実は。正面から描くって、ものすごい難しい。
だから、高畑さんはねぇ、時間かかるんですけどねぇ……。
中山:
『火垂るの墓』も、そうとうかかったんですか?
鈴木:
『火垂るの墓』はねぇ……、僕にとってはちょっと辛い思い出なんですけどね。
みなさん、今ビデオになってると何も感じないと思うんですけど、実は封切り当時、映画が完成しなかったんですよね。
中山:
あれ未完成ですか?
鈴木:
封切り当時の作品ですよ。ところどころ、白いシーンが出てきたんですよ。
中山:
完成しないまま公開したんですか?
鈴木:
そうです。
高畑さんっていうのは、妥協しない人なんですよ。
僕なんかはね、描いてないところを詰めれば、分からないじゃないですか?
ところが、高畑さんはね、そういう人じゃないんですよ。
自分がやろうとしたのは、「これ」だからって、最後まで妥協してくれなくて。で、それを封切らざるを得なかった。
中山:
それを封切ったとき、世間はなんて言いました?
鈴木:
ほとんどの人がね、映画の効果として、それを受け止めたんですけどね。
これ実は『火垂るの墓』っていうのは、みなさん若いから分からないけども、『となりのトトロ』と『火垂るの墓』って二本立てだったんですよ。
僕、映画が出来たあと、東京渋谷の映画館にそれを観に行ったんですよ。そしたら、偶然なんですけどね、宮崎駿の弟の一家が、そこに見に来てたんですよ。
「あ、どうも」ってやってたらね、『火垂るの墓』が終わった直後、その弟がですね、ばっと立ち上がって、僕のほう振り返って、「トシちゃん、これ完成してないんじゃないの?」って言われちゃったんですよ。あれは、ビックリしましたね。
プロデューサーとしての心がけ
中山:
今日はいろいろ話をうかがったわけですけど、鈴木プロデューサーが常に心がけていることって何ですか?
鈴木:
仕事としては、お金がかかるわけだから、それをなんとかして回収したい。
とんとんになれば良いと思ってるんですけどね。これが、僕の一番の仕事ですよね。
中山:
節約しよう節約しようっていうだけじゃなくて……
鈴木:
そうじゃなくてね、最終的には良いんですよ、才能があってねすごいもの作ってくれるなら。
そのためには、僕、いくらでもお金投入しようと思うんです。
で、すごいのが出来たとするじゃないですか、そしたらあとは僕の仕事だから。
それをね、多くの人に観てもらって、回収すれば良いんですから。
中山:
元手を減らすんじゃなくて、使っても良いけど回収すると。
鈴木:
減らしたら、その作品つまらなくなるでしょう?
やっぱり、僕もすごいのが観てみたいんですよ。
だから、『風立ちぬ』もね、宮さんが思いのたけをぶつけて、ちゃんと作る。それは楽しかったし。
それから、高畑勲も、そりゃ付き合ってくと大変ですよ? 大変だし、頭にもくるんですけど、作ってるものはすごいものだから、これは観てみたいんですよ。
映画を作るときにね、お金を使うっていうのは、一つの能力だと思うんですよ。
ようするに、能力がなければ、お金を使うことができない。
高畑監督にしても、宮崎駿監督にしても、お金をいくらでも使える能力を持っているんですよ。
ほっといたらいくらでも使うんですよ、ふたりとも。
中山:
鈴木さんは、10億使ったら、100億儲けようって思うわけですよね?
鈴木:
そういうことです。
だから、使えるなら使ってみろ、ですよね。
お金は大事。しかし、お金の奴隷になってはいけない。
鈴木:
僕が高校生のときに、あるドラマを見てたら、そのドラマでお金にまつわるあるセリフがあったんですよ。
僕は、その言葉を、今も覚えてるんです。
「お金は大事。しかし、お金の奴隷になってはいけない」
中山:
ということは、大事なお金だからこそ、使い方ということになるんですね。
鈴木:
そういうことですね。
みんなもそうしてください。
風に吹かれて 著者:鈴木敏夫 宮崎駿、高畑勲という二人の天才を支え続けてきた、 スタジオジブリのプロデューサー、鈴木敏夫のすべて。 インタビュアー、渋谷陽一が名プロデューサーの足跡を辿り、その思想に迫る。 |