『風立ちぬ』と『かぐや姫の物語』「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」のサイトにて、3月27日付けで、宮崎駿監督の『風立ちぬ』と、高畑勲監督の『かぐや姫の物語』の新作説明会の模様がアップされています。
プロデューサーの、鈴木敏夫さんと西村義明さんが語る新作の魅力。それに加えて、川上量生さんのジブリにおけるネット戦略についての説明を、文字に起こしました。



川上量生

あの、私、副業でドワンゴって会社やってるんですけども、そこで、ニコニコ動画っていう、ちょっと行儀の悪いサイトやってまして。
今回、鈴木さんに弟子入りする際にですね、ネットのプロモーション戦略は任せてください、ということで弟子入りさせていただきました。

それで、今回もですね、『風立ちぬ』と『かぐや姫の物語』も、一番最初のシナリオだったり絵コンテの段階から見せていただいて。
このシナリオの段階、絵コンテの段階から、ほんとうに面白いんですね。こういう貴重な体験をさせていただいて、ほんとうにありがたいと思っています。
で、私は、この二作品をどうネットでプロモーションしていけばいいのか、ということを考えました。

それで、結論なんですけども、“なにもしない”ということを結論にしたいと思います。
と言いますのは、いろいろ考えたんですけども、実はジブリ作品というのは、これまでもネットでなにもやってこなかったんですけども、ネットで一番話題になっているのが、このジブリ作品なんですね。

例えば、Twitterというサービスがネットで流行っていますけども、このTwitterの3年前くらいの、1分間に世界中で同時にツイートした人の数の記録っていうのは、オバマ大統領が就任したときの、そのときのツイートっていうのが最大だったといわれているんですけども。それが、2年前くらいに塗り替えられまして。

それは、なにかっていいますと、この日本の金曜ロードショーで、『天空の城ラピュタ』っていうところで、「バルス」っていうのを、みんなで一斉に叫んだ。
これは、世界で同時に、いちばん同じことをつぶやいたという、世界記録をもっています。これ、全世界の記録なんですよ。
それぐらい、日本の中で、ジブリの作品が愛されていて。みんな一体になっている、そういう象徴になっている証明だと思うんですけど。

なにか一緒にやるっていうことに関して、ジブリっていうのは、ネットの中でも最大のイベントになっているんですね。これは、べつに『天空の城ラピュタ』に限らず、どのジブリ作品が金曜ロードショーで放映されるときでも、ネットではジブリの話題一色になります。これは、もうほとんど恒例の行事となって、ずっと続いているっていうのが現状です。

それで、ジブリのいろんな映画の製作発表のときも、特にネットでなにかっていうのは、なにもやっていないんですよ。
やはり、これがテレビだとか新聞だとかで報道されて、その記事がネットにコピーされて、ネットの中でも非常に大きな話題になりますし、Yahooのトップニュースにも、毎回かならずなります。

ということで、いろいろ考えた結果、なにもやる必要がない、というのが結論です。
なにもしないでも、ジブリのネットはですね、今年もかならず盛り上がります。
今年の夏、そして夏以降もですね、ジブリ作品がいろいろでますけども、勝手にネットは盛り上がりますので、皆さんご期待ください。

西村義明

あらすじなんですけども、高畑監督以下ぼくらが作ろうとしているのは、皆様よくご存知の「竹取物語」のかぐや姫です。それを、原作に忠実にやろうとしている。
改めてご説明すると、「今は昔、竹取の翁といふ者ありけり。野山にまじりて竹を取りつつ」なんて一説から始まりますけども、簡単に言いますと、竹が光ってて、切ってみたらその竹の中にですね、小さな女の子がいる。
爺さん婆さんが、それを持って帰って、自分の子どものように育てることを決意する。

そうすると、三月も経たないうちにですね、小さな女の子がどんどん大きくなって成人女性になる。成人女性になってみたら、絶世の美女である。その噂を聞きつけて、全国から貴族たちが押し寄せて、「結婚してください、結婚してください」と求婚に訪れる。そのすべての求婚を断って、ついには時の最高権力者である、神門の求婚も袖にふってですね。袖にふったと思ったら、月を見て泣いているらしいと。
爺さん婆さんが尋ねてきたらですね、「私は月の人間です。今度の十五夜の晩には、月に帰らなければなりません」と言って、泣きながら月に帰っていきましたとさ。
こういう話ですね。

お話を聞いていて、どう思われたか? かなり、荒唐無稽なナンセンスなお話です。こんな意味不明な原作をですね、商業映画にしようと。ましてや、超大作、娯楽作品に仕立て上げようと考えたのが、齢77歳、高畑勲監督です。

実は、この企画を高畑さんが考えたのは、今から50数年前。当時、20数歳でしょうか。
彼は当時、東映動画というアニメーションスタジオにいました。その隣には、東映という映画会社がありまして、そこに、「内田吐夢」という監督がいらっしゃって。その監督がですね、「私はかぐや姫の物語を作ろうと思う。その企画をみんなで考えてほしい」と言ってですね、高畑さんもいろいろ考えたみたいなんです。
でも、ついに企画を提出することがないまま、映画にすることはないまま、雲散霧消していく。

それから、月日が経ちまして、10年経ち20年経ち、スタジオジブリで長編を作っていくなかで、今から8年前とかかな、鈴木さんに僕が呼ばれまして、「おまえ、明日から高畑さんの担当しろ」って言われて。
「企画は?」ってきくと、「かぐや姫」って言うんですよ。
それを聞いたときですね、なんで今更このスタジオジブリが「かぐや姫」なんか作るんだろうって。
おそらく、ここにいらっしゃる方の中でも、多くの方が思ってらっしゃるかもしれません。僕も思いました。

それで、僕は率直にきいたんです、高畑さんに会ったときに。
「高畑さん、なんで今かぐや姫なんですか?」って言ったらですね、高畑さんっていうのは、ムッとするんですね、そういうとき。
ムッとするとですね、一種の狂気っていうんでしょうかね。すごいオーラをおびて、怖いんですよね。
それで、こう言ったんです。
「あなた、かぐや姫知っているんですか?」
僕は、「知ってますよ。絵本で見てるし、娘にも読み聞かせしてますよ」って。

「じゃあ、私の質問に答えられますか?」って。「まず、第一にかぐや姫は、数ある星の中から、この地球を選んだのか。そして、なぜ去らねばならなかったのか。答えられますか?」
で、僕は全然答えられなくて。

それで、第二に、かぐや姫っていうのは、原作のなかで、少なくとも三年半くらいは地球にいるんですよ。
「そのとき、彼女は、三年半地球でなにをしていたのか。なにを考えて、なにを思っていたのか。これを答えられますか?」って言われて。
僕は分からなくて。

「じゃあ、第三に、原作のなかで、月に帰る前に、かぐや姫は自分の言葉でこう言うんですね。『私は、月の世界で罪を犯して、その罰として、この地に降ろされたのだ』と。あなたは、彼女の犯した罪とは、そして罰とは、なんだったのか。それを答えられますか?」って。
僕は、全部答えられませんでした。どれひとつとして。

で、高畑さんは、こう言いました。「私の映画は、そのすべての三つの疑問、これに答えようとするのが、私の映画です。そのとき、この今の日本で、作るに価する映画が出来るはずだ」と。
そして、もうひとつ、「そのときに、あるひとりの女性の姿が浮かび上がるはずだ」って、そういうふうに言ってました。

それから、長い年月が経ちまして、3年ぐらい経ちました。脚本がようやく出来ました。そして、僕はそれを読みました。その三つの疑問にですね、すべて答があったんですね。それを読んだときにですね、武者震いしました。
今は、その脚本を元に、僕らはスタジオで、かぐや姫のアニメーション映画を作っています。

これも、あるとき高畑さんが言っていたんですけど、「竹取物語」っていうお話は、源氏物語のなかで、「物語のいできはじめの親」っていわれて。つまり、日本最古の物語文学といわれるものですけど。
「西村君、この『竹取物語』っていうのは、物語として完結しているんでしょうか?」って。「この物語には、隠されたもう一つの物語がある。ひとりの女性が生まれて、生きて、死んでいく。そのかぐや姫という少女が、そのときどき、何を思い、何を感じたのか。僕らが作る、かぐや姫という映画は、ひとりの女性かぐや姫の真実の物語だ」って、そういうふうに言ってました。

今、高畑さんは、齢77歳です。おそらく、高畑勲監督の最後の作品であり、最後の挑戦になると思います。完成した暁には、より多くの人に観ていただきたいと思いますので、なにとぞご協力をよろしくお願いします。

鈴木敏夫

『風立ちぬ』なんですけど、これはお約束どおりですね、ちゃんと公開日に間に合わせるべく、頑張っております。
『風立ちぬ』に関しましては、3つに絞ってお話させていただきます。
堀越二郎はお若い方だと、ちょっとぴんとこないかもしれません。しかし、年齢が上の方だと、零戦の設計者ということで、とても有名な方です。

その実在の人物、堀越二郎。そして、同時代を生きた文学者で、堀辰雄という作家がいました。これも、かなり前に亡くなった、大変有名な日本が生んだ文学者です。
この堀越二郎と、堀辰雄。宮崎駿って人は、この二人が大好きで。
今回、この映画を作るにあたって、その主人公を堀越二郎って名前でやるんですけど、そのキャラクターをですね、二人をごちゃまぜにして、一人の人物を作りました。
自分の好きなものを、その中に宮崎としては込めたかったんですね。

そして、零戦の設計をすると同時に、もう一つ彼が目論んでいるのが、これは堀辰雄の影響っていうのが、ずいぶん大きいと思います。薄幸の少女、菜穂子っていうのが出てまいります。その出会いと別れ。これを描きます。
堀辰雄のヒロインっていうのは、たいへん美しくて、蒲柳の質の人が多いんですけど。
当時、結核っていう病気が流行ったんですね。そうすると残念ながら、長い生命を生きることができなかった。
その出会いと別れを描くっていうのが、今回の映画の眼目であります。

二つ目。あらすじを簡単に申し上げます。
今回の映画は、その堀越二郎の少年時代から始まります。
12歳の小さい子どものころから空に憧れ、飛行機に乗りたいと思っていた。
これは、宮崎駿が自分のキャラクターと、だぶらせたのでしょう。その少年がですね、目が悪いんですね。近眼です。飛行機っていうのは、近眼だと操縦はできないんですよ。
そのことが切欠で、彼は飛行機の設計ならできるんじゃないか、ということでその道を目指します。そして、彼が大人になって長じて後、飛行機の設計をしようとしたとき、時代は戦争の時代でした。

堀越二郎が作りたかった飛行機とは、ほんとうは夢の飛行機としては違うものだった。
なにしろ、作らなければいけないものは、戦争の時代ですから戦闘機です。そのなかで、彼がどんな思いで飛行機を作ったのか、これがこのなかで大きなストーリーの眼目になってまいります。

最後に三つ目。
今回の作品を見ていて、僕はシナリオとか絵コンテを見る立場にあるんですけど、印象に残る言葉がひとつ出てくるんです。
こんな言葉です。「力を尽くして、生きる」って。
何度も何度も出てくるんで、僕としては疑問を感じたんですね。宮さんっていうのは、この言葉をどこから持ってきたんだろうって。
僕は、彼に直接聞いて云々っていうのもできたんですけど、必死になって「力を尽くして、生きる」っていう言葉がどこから出てきたのか調べてみました。それで、いろんな人の協力も得ました。そして、分かったことがあります。

これは、旧約聖書にですね、伝道の書っていうのがあるんですけど、その中の一説だったんですね。
その一説を暗記してまいりましたので、ご披露したいと思います。

「全て汝の手に堪うることは力を尽してこれをなせ」

まさかね、宮崎駿が旧約聖書へたどり着いているっていうのは、僕は知らなかったんですけど。これは、調べていくうちに分かりました。
もうひとり、彼が大好きな作家で、堀田善衛っていう作家なんですけどね。その方が、最後に残したエッセイ集がありまして、その「空の空なればこそ」のなかの最後の文章に、いまの一説が紹介されております。
彼としては、打たれるところがあったんだと思います。

僕が喋りながら思うことなんですけども、おそらく、今の時代どこかで必要なことは、「力を尽くして、これを成す」。これを、宮崎駿としては、この作品で訴えていきたい。そんなことを考えているんじゃないかと思います。

宮崎駿原作 漫画『風立ちぬ』掲載紙

鈴木敏夫のジブリ汗まみれ