君たちはどう生きるか

『君たちはどう生きるか』に登場した謎の塔。作中では、特に説明もなく、明治維新のさなかに突如として空から降ってきたとされています。
これまでのジブリ作品であれば、ガイドブックや何かしらの媒体のインタビューで語られたりするものですが、本作に関しては未だに情報がありません。

そこで、これまでのジブリ作品やインタビューなどの文脈を踏まえて、考察していきましょう。



江戸川乱歩の『幽霊塔』

ゴシック様式であるこの塔は、江戸川乱歩の『幽霊塔』からイメージしたものと思われます。
宮﨑駿監督は、学生時代に貸本屋で『幽霊塔』を見つけて、夢中になって読んだといいます。
そのときの記憶が強烈に残っていた宮﨑監督は、『幽霊塔』の塔や仕掛けにインスパイアされて、『ルパン三世 カリオストロの城』の時計塔のデザインや秘密の要素を取り入れました。

『カリオストロの城』の時計塔の複雑な構造、水路、歯車、隠し通路などのギミックは、『幽霊塔』からきています。

ルパン三世カリオストロの城 幽霊塔

このときのことは、三鷹の森ジブリ美術館で2015年に開催された『幽霊塔へようこそ展 通俗文化の王道』で、宮﨑監督自身から語られています。
展示では、『幽霊塔』の紹介から、自身が受けた影響、『カリオストロの城』でどのように反映されたかなど、宮﨑監督が描いた漫画で紹介されました。

このときの経験が、結果的には企画準備の役割を果たして、数年後に『君たちはどう生きるか』を制作する際の「塔」に繋がったものと思われます。

塔=スタジオジブリ?

しかし、『君たちはどう生きるか』では乱歩の影響は薄れていて、宮﨑監督自身の哲学や自伝的要素が強調されているように感じます。
おそらく、本作での塔は、スタジオジブリの比喩として描かれたのだと思います。

塔は、大伯父によって作られた異世界として登場します。これは、宮﨑監督や高畑勲監督らが積み上げてきた、「創造の世界」を表しているのかもしれません。

ドキュメンタリー等で、大叔父は高畑監督がモデルと言われていますが、高畑監督の死を切欠にその拘りは無くなったといいます。
当初は、高畑監督として描かれた大叔父も、次第に宮﨑監督自身が投影されていったのではないかと思えてなりません。

塔の世界は、13個の「積み木」で支えられています。しかも、それはとても不安定なバランスによって維持されています。これは、立派な塔ができているけれど、実は不安定なもので簡単に崩れるぞ、という宮崎監督の警鐘なのかもしれません。

ジブリの継承

大伯父が塔を保ち、後継者を求める姿は、宮﨑監督が自分の持ちものを後世に残したいと願う気持ちを反映しているように感じます。
どんな人間だって、いずれは死んでしまう。そのときまでに、知識、知恵、技術、これらを次の世代に渡したいと願うのは自然なこと。

しかし、眞人は塔の継承は拒否をする。最終的に大叔父の積み木は崩れ、眞人のために用意した積み木もインコ大王がぶった切って、塔も崩壊します。
眞人とヒミたちは時の回廊へと走り、元の時代に戻ることができました。

ところが、インコ大王(宮﨑監督が投影されている)と、大叔父は暗黒物質に吞み込まれていきます。
これは、「ジブリは自分の手を離れた、自由に変わっていったらいい」といった悟りのようにも受け取れます。

石はジブリ作品?

そして、塔から戻ってきた眞人は、下の世界で拾った石を一つだけ持ち帰っていました。
サギ男は、それを見て「これだから素人はいけねえや」と呆れ「まっ、大して力のある石じゃない。だんだん忘れるさ、それでもいいんだ」言います。
この石は、ジブリ作品のことを意味しているんじゃないでしょうか。

宮﨑監督はジブリ作品に対して、兼ねてから「特別なときにだけ観てほしい」ということを言っています。
何度も何度も鑑賞することを良しとせず、子供には五感を育む生活をしてほしいと願っている人です。

「いつまでもジブリ作品を観てるんじゃないよ」という宮崎監督のメッセージなのかもしれません。

宮﨑駿と青サギと…
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