ジョン・ラセタージョン・ラセターさんの講演会、後編です。宮崎駿監督・ジブリとの交わり、日本から受けた影響について語っています。
ラセターさんは、宮崎・ジブリ作品をとことん研究して、宮崎駿監督のクリエイターとしての情熱や技術を、受け継ごうとしています。



『千と千尋の神隠し』の全米公開

『千と千尋』からスタートして、私は宮崎さんの助けになりたいと思いました。世界中に、彼の作品を観てもらいたいと思ったわけです。『千と千尋』以来、何らかの形で、英語バージョンの製作には携わらせていただいています。実は、それまでの作品の英語バージョンには、私は疑問を持っていたんです。気に入りませんでした。とにかく、宮崎さんのアートヴィジョンを守るために、私が作らなければいけないと思いました。そして、この作品を観るすべての方が、彼の素晴らしさ、作品の貴重さ、それをわかってもらえる英語バージョンを作りたいと思いました。

『千と千尋の神隠し』の英語バージョンを作るにあたり、ひとつ分からないことがあったんですね。油屋では、彼らの仕事を象徴する名前が与えられるのか、という問題でした。そこで、宮崎さんに質問をしたんです。この名前なんですけど、変えましょうか? 例えば、彼らの仕事を象徴する名前に変えたほうがいいのか、それとも違う名前がいいか、そのままか、どうしたら良いか質問したんです。宮崎さんの答えはこうでした。「ジョン、アメリカの観客に、ぼくの作品をほんとうに理解してもらうには、彼らにまず日本語を勉強してもらわなければいけない」と。「はい、わかりました。ただ、それは今の時点では無理だと思います」「じゃあ、ジョン、君の正しいと思うことをしなさい」と言ってもらえたので、その言葉に従いました。

そして、このプロモーション、配給も手伝わせてもらい、トロントの映画祭にも一緒に行きました。それで、ピクサーに戻ってきて、ピクサーのスタッフ、アーティストたち、全員に講演もしてくださいました。ピクサーには、広場があるんですけど、そこで、チャリティーで『もののけ姫』の試写会をやりました。実は、私の息子のひとりが、糖尿病と診断されていたんです。それで、糖尿病児童患者のためのチャリティーの試写会をさせてもらいました。

そして、皆さんもよくご存じのように、この作品はアカデミー賞も受賞しました。アカデミー賞で、アニメーション部門ができてから、2年目の受賞となりました。私は、それをたいへん誇りに思っています。
そのときに、鈴木敏夫さんがくださったプレゼントがあります。とても特別なプレゼントで、これは私のオフィスなんですけど、そこに飾っています。決してネコバスを殺してはいませんし、狩りに行ったわけでもないです(笑)。二年に一度、ジブリ美術館のネコバスを新しいものに、作り変えるそうですね。それで、2003年から2005年まで、ジブリ美術館で使われたネコバスを、私が頂きました。オフィスに飾ってあるので、毎日眺めています。宮崎さんも、オフィスに来たときには、その模様を見てくれました。

『となりのトトロ』は映画史に残る作品

私にとって、いちばん特別な宮崎駿さんの映画は、やはり『となりのトトロ』です。『となりのトトロ』は、ほんとうに素晴らしい。凄いところが、たくさんあります。そして、非常に深く、観客に訴えるものがあります。若い人から、大人まで、同じような反応が見られます。
最もクリエイティブで、ほんとうに驚くべきフィルムメイキングであり、映画史上最も見事なシークエンスをご覧ください。

ご覧になりましたか。ほんとうに、これは素晴らしい。宮崎さんは、たくさんのフィルムメーカーに影響を与えているんですけど、こういった理由があると思います。それは、静かな瞬間を愛でる、大事にするんです。このシークエンスの中で、非常に時間をかけたフレームショットがありますが、何も起こっていないのにとても美しい。ひとつひとつの瞬間を大事にして、特別なんです。彼の作品すべてに、こういう瞬間があります。とにかく、じっくり時間をかけます。
ハリウッド映画とは真逆です。退屈したらポップコーンを買いに行っちゃうぞ、という作り方とはまったく違う。静かな瞬間を祝福しています。それは、その後に来るものを、もっと際立たせるために、こういう瞬間を大事にしているんです。やはり、こういうシーンがあるからこそ、ネコバスが到着する瞬間が、より際立つわけですね。

また、キャラクターを非常に鮮明に、行動や仕草のディテールでみせるという技術があります。ですから、非常にユニークなキャラクターを作りあげられるんです。これは、私が大好きなところなんですけど、この二人の姉妹。この姉妹のキャラクターが、まったく違うんです。妹のほうが退屈して、眠くなっています。眠ってしまって、お姉さんがおんぶするところも、体重を感じることができるんですね。これは、とってもリアリティがあるんです。このすべてがあって、トトロが登場するイントロになっているわけです。

非常にシンプルなんですけど、独創的でユニークなキャラクターを作りあげています。そして、ほんとうに何も起こらないんですけど、キャラクターをすごく掘り下げて、観客に伝えるものがあります。
とにかく、好きなシーンなんですが、傘を広げますよね。そうすると、トトロがリアクションを見せます。傘を渡されて、どうして良いか分からないんです。そういう間がありますし、その間をじっくり、ゆっくりと見せる。あの瞬間が、私は大好きです。
そして、サツキが「こうやってやるのよ」と言って、トトロが葉っぱを頭に乗せて立っている姿。これは、すごく小さくシンプルな動作で語っています。
もうひとつ大好きなのは、小さな効果ですね。例えば、雨ですね。トトロがジャンプして、水が落ちてくるところ。これは、シンプルなんですけど、ほんとうにドシャ降りのような雨が降ってきたという感覚が、すべての人に伝わるんです。こういう水の使い方は、『崖の上のポニョ』でもそうです。魚のような波の上を走っているシーンでも、やはり波が素晴らしいです。

もうひとつ、私が素晴らしいと思うのは、宮崎さんの魔法です。今まで自分が考えもしなかったようなアニメーションを見せてくれます。つまり、それが独創的な発想なんです。宮崎さんの作品というのは、6つくらいはそういうシーンがあります。まずは、ネコバス。ネコバスほどクールなものがあるでしょうか。また、ドアの開け方。これは生きているのに、ドアがああやって開くんです。そして、トトロが乗っていって、「そうか、猫のバスはこういう感じなのか」と納得させられるんです。そして、動き方もそうですし、声も、照明も。小さなネズミがいるんですが、あれがネコバスのライトですね。ほんとうに素敵です。
アクション・シークエンスでは、あのネコバスの動きもそうですし、静かなシーンの後に、アクションシーンがあるわけです。ほんとうに、演出が見事というほかないです。

『天空の城ラピュタ』でも、フィルムメーカーとして、あの映画を何度も何度も観て、あのレスキューシーンは『バグズ・ライフ』で影響を受けていますし、ピクサーやディズニーでストーリーが行き詰ったとき、常に宮崎さんの作品を観て、シークエンスを何本か観ると、インスピレーションを受けます。ほんとうに、凄いと思います。日本は、とにかく深く私に影響を与えています。

日本は、伝統的な文化と、最新のモダンが共存している。

これは、大好きな日本で、フグを食べたときです。観光客はみんなこういう写真を撮っていると思います。
日本は、私にたくさんのインスピレーションを与えてくれました。
私の兄は、日本の建築に影響を受けていたんですけど、彼が日本のデザインを勉強したときに、こういう日本の建築というのは、すべて排除していくところから始まると。そして、もうこれ以上は排除できないものが、日本のデザインだと言ったんです。

私は、何度も日本に来ていますが、ひとつ印象的に残っていることは、日本文化が持っているモダンと伝統が共存していることです。私が初来日したときの写真がたくさんあって、いまご覧になっていただいていますが、モダンなものと伝統的なものが共存しているんです。日本の文化というのは、そういう伝統や、古いもの、遺産を大切にします。
私はロサンゼルスで育っています。ロサンゼルスでは30年経ったら、ビルとか建物はすべて壊されます。何か遺産を残すとか、そういった感覚がないんですね。まあ、少しはありますが、ほとんどの場合はすべて壊されてしまいます。しかし、日本では共存しています。超モダンなビルや町があるんですけど、すぐ隣には伝統的な建物がある。そして、竹を使った手水があったりします。ほんとうに、私は共鳴します。

私は、ディズニーアーティストから絵を学びましたし、手描きのトレーニングを受けています。それが私のベースになっています。そして、コンピュータアニメーションにもインスピレーションを受けて、コンピュータを使うようになりましたが、伝統的なアニメーションの作り方を忘れたわけではありません。まさに、伝統とモダンの並列。これが日本では見られるわけです。

私の兄は、建築士だったんですけど、デザインスクールに行っていたころ、ファッションデザインの授業を受けていたんです。ある週末、私がカルアーツから実家に戻ったとき、兄がいまして、ファッションデザインのプロジェクトをやっていて、彼はミシンで何か縫っていたんです。そして、私にこう言いました、「すべて新しいもので作って、ワイルドなデザインにしてしまうと、誰にも響かない」と。
それで、私がコンピュータアニメーションを始めたころ、兄の言葉を思い出しました。伝統と新しさの共存というのは、日本で自覚したことで、古いもの、伝統を重んじながら、新しいモダンなものを作っていく。それこそが、私のデザインの基本になっています。この新しい技術を使って、伝統的な作り方をする。それが、ピクサーの成功の秘訣だったと思います。
私たちは、ハイテクな技術を使ってますけど、伝統的な規則ですとかルール、作り方をずっと重んじてきたんです。

さて、皆さんには『カーズ2』の映像を観ていただきたいと思います。実は、世界中を旅する設定でしたけど、是非ともカーズたちが東京にも来るという話を、どうしても入れたいと思っていました。そして、このルイジなんですけど、皆さんご存知かどうか、このルイジというキャラクターは、宮崎さんのオマージュなんですね。「グイド フィアット500」ということで、『カリオストロ』にも登場する同じ自動車です。

我々の新しい作品は、昨夜「東京国際映画祭」で、ワールドプレミアムを迎えさせていただきました。作品は『ベイマックス』。これは『Big Hero6』という題名で、アメリカでは公開されていますけど、日本では『ベイマックス』ですね。
この『ベイマックス』の中で、私の大好きな都市のサンフランシスコと、東京を合体させたいと思いました。そして、そこで「サンフラントーキョー」という街を作りあげたわけです。ケーブルカーや、ゴールデンブリッジがありまして、それと東京のいろいろな名所を加えました。高速道路が、何層にも通っていますね。そして、夜の雰囲気、大胆な日本のデザイン。そういったものを、全部網羅して作ったのが、このサンフラントーキョーです。
とても現代的なもの、とても伝統的なものが合体していると。それがサンフラントーキョーでは、見事に実現できて、たいへん嬉しく思っています。ベイマックスというロボットがいまして、ファーストフライトというシーンなんですけど、ベイマックスが空を飛ぶシーンです。少年とロボットが、初めて心を通わせる、とても記念的なシーンです。

そして、私の講演の最後に、皆さんに申し上げたいことがあります。今日の私を作ってくれたのは日本です、ありがとうございます。宮崎駿さん、鈴木敏夫さん、そしてスタジオジブリ。すごくインスピレーションを受けています。ずっと大好きです。ほんとうに、ありがとうございます。