宮崎駿監督が、漫画『風の谷のナウシカ』の連載が始まる前の企画に、『戦国魔城』という日本の戦国時代を舞台としたSF作品の企画がありました。
この作品は、宮崎駿監督によるイメージボードも描かれており、後の宮崎作品へつながる設定が多く生み出されています。
企画を提案したのは、1981年。『ルパン三世 カリオストロの城』が興行成績が振るわず、宮崎駿監督がアニメーション界で干されかけていたころ。当時、徳間書店の社員だった鈴木敏夫さんの発案で動き出しました。
『戦国魔城』の企画
宮崎監督は『戦国魔城』の企画について、『風の谷のナウシカ 水彩画集』の中で、このように語ります。
<時代劇>と<美女と野獣>
出発は、<時代劇>を作りたいという思いです。少年が主人公の日本を舞台にした活劇を作りたいと……。そうした思いと同時に<美女と野獣>への欲もありました。二つのモチーフを合体させて何かできないかなと考えていたんですね。絵の中で『戦国魔城』というタイトルが付いているのは、「何か映画の企画を出さないか」と徳間書店から言われた時に、「物語は何もできてないけれど、とにかくこんなイメージです」と出したものです。要するにこれも<時代劇>の一亜流なんですよ。
当時から、描きたいシーンのイメージを先行させて、ストーリーは後から決めていく、というスタイルだったようですね。
『戦国魔城』イメージボード
宮崎監督は様々なイメージボードを描き、『戦国魔城』の企画を提出します。しかし、映画化には至らず、お蔵入りとなるわけですが、このときに描いたイメージボードが、後の宮崎作品の原形となっていきます。
『風の谷のナウシカ 水彩画集』に収録された、宮崎駿監督のキャプションと共に一部ご紹介します。
宮崎:
火縄銃を手拭いで縛ってぶらさげている少年がいますが、この絵はそうした時代的背景にSFの要素を混ぜ合わせてみたものです。SFを加えたのは、いわゆる<時代劇>と言われるものの枠組みを超えたかったからです。
宮崎:
トリウマのような絵は、絶滅したドゥードゥー鳥などをイメージしながら、<時代劇>の中でこんなものを使ってみたらどうだろうと考えて描いたものです。(略)
このトリウマは『風の谷のナウシカ』にも出てきますが、この頃の僕の絵には、しっかりとした系統があるわけではないんです。あっちにいってみたり、こっちにいってみたり、色々と試行錯誤をやっているんですよ。
宮崎:
この絵は、当時のSFにも影響を受けていると思います。もちろん、描いた時は『ラピュタ』になるなんて思ってもみませんでした。『戦国魔城』も同じモチーフだったというだけの話ですね。
宮崎:
この巨大ロボットのモチーフは、後の『風の谷のナウシカ』の中に登場する巨神兵の原形となったものです。<時代劇>にSF的な要素を加えようと考えていた時に、例えば空を飛ぶものが出てくるのなら、オンボロのエンジンを直して動くような巨大ロボットというものもあり得るんじゃないかと思って描いたものです。
原作のないものは、映画化できない
『戦国魔城』の企画発案について、鈴木さんは、著書『映画道楽』のなかで、こう語っています。
最初に提出したのは、僕が仮タイトルを付けた『戦国魔城』というチャンバラものでした。宮さんの場合、作品を作るときにいろんなイメージが重なるんですが、岩見重太郎のヒヒ退治とか俵藤太のムカデ退治。ああいうものを作ってみたいというのがあったんです。それは単に昔話として面白いというよりも、巨大なものをやっつけるところに日本の伝統があるんじゃないかと。タイトルにも『魔城』とあるように城も出てくるんですが、雰囲気は映画『もののけ姫』をもっと素朴にした、その原型みたいな企画でしたね。
結局、この企画はうまくいきませんでした。
企画の通らなかった理由のひとつが、「原作がないから」でした。このころの宮崎監督には、まだ現在のような実績がないため、イメージボードだけでは企画を通すことができません。
当時は、『銀河鉄道999』や『宇宙戦艦ヤマト』など、ヒットした漫画を原作にしたアニメ化が当たり前の時代です。鈴木さんは、そのことを宮崎監督に伝えると、「じゃあ、原作を描いちゃいましょうか」と提案してきたそうです。
そこから、漫画『風の谷のナウシカ』が生まれることになります。
『カリオストロ』の興行的失敗。そして、通らない企画。この挫折から、『風の谷のナウシカ』が生まれ、スタジオジブリ設立につながっていくことになりました。
この『風の谷のナウシカ 宮崎駿 水彩画集』では、ナウシカ誕生までの経緯が知ることができるので、おすすめの一冊です。
『風の谷のナウシカ』宮崎駿水彩画集 宮崎駿監督が描いた『風の谷のナウシカ』水彩画集。 監督本人による解説がついており、どのような思いで描かれた、うかがい知ることができる一冊。 『ナウシカ』誕生までのイメージを探すイラストも掲載。 |