風の谷のナウシカ 7巻

庵野秀明監督が、コミックの『風の谷のナウシカ』7巻の映画化を熱望していることが有名ですが、作家の立花隆さんもこの7巻については、特別なものであることを「ジブリ汗まみれ」のなかで力説しています。
難解ゆえに、読むのを途中でやめてしまう人が多いという、漫画版『ナウシカ』。まだ読まれていない方は、この機会に読んでみてはいかがでしょう。



高畑勲の30点の評価が、その後の『ナウシカ』を作った

鈴木:
『ナウシカ』って映画は、とにかく映画を作っていたときは、まだ漫画の連載は、日にちが経過していない。それで、実は終わったあと、高畑さんがね、ある本のなかで、「プロデューサーとしては、万々歳の作品。しかし、友人として言うなら、30点だ」っていう、とんでもないことを彼が言い出したんですけどね。

しかし、この「30点」って言い方がね、その後の漫画『ナウシカ』を膨らませたんじゃないか、ってことを(立花さんが)お書きになっていて、あれはぼくね、「慧眼だなぁ。そうだったんだ」ってことを改めて(笑)。

立花:
いやぁ、あれはそうだと思いますよ。
彼、ショックですよ、やっぱり。

鈴木:
いや、ぼく呼び出されましたから。あの本が出来たとき、「ちょっと鈴木さん、話がある」って言うから。仕方がないからね、宮さんのとこ行ったんですよ。
ふたりきりですよ。そしたら、その本が置いてあるんですよ、机の上に。
A4サイズで、160ページぐらいあると思うんですよ。

その本を目の前にしてね、いきなり「なんだ、この本は?」と。「おまえが作ったんだろ?」と。
「こんなくだらない本、なんで作ったんだ?」って言うわけですよ。
で、理由を言わないんですよ。でも、ぼくは分かってますからね。ああ、“アレ”だな、と思って。

そしたらですね、生涯忘れないですけども――その本を手に取ったんですよ、両手に持って、本をふたつに引きちぎったんですよ。
「すごい力だ!」ってそこで感心するんですよ! あれだって、出来ないですよ、ぼくあとでやってみたけれど。

そういう、自分の衝動を抑えられない人だから、もう手も付けられないですよね。
そのとき、ぼくもね、しょうがない、この男とはもう終わりだな、と思わざるを得なくて。

ぼくは、映画作る方にも、いろいろ関与していたけれど、徳間書店が出資したやつなので、いろんな本も作んなきゃいけなくて。それで、まあ、そういう本も作ってね。
高畑さんも、高畑さんでね……。あのインタビューっていうのは、自ら原稿を書いてるんですよね。
「これ、いずれ言わなきゃいけないんだ」っていうんで「書いて言っておく」って、ぼくに見せて。
30点って書いてあるわけでしょ? 悩んだですよねぇ。
この人、言い出したら聞かないから、しょうがないやと思ってね。
そしたら、案の定、そういうことが起きて、もう宮さんとしては、怒りですよね。ビリッと引きちぎってね。

なんか、そういうときって、ぼくも頭にくるんですよね。で、なんか、言いたくなったんですよ。
それで、なんの関係も無いことを、つい言っちゃったんですよね。
よく覚えてるんですけども、「映画に、客が入って嬉しいんですか?」ってきいたんですよ。
なんでそんなセリフが出たか、自分でも覚えてないんですけどね(笑)。

そしたら、ここで、また宮さんらしいんですよね。
それを言った瞬間、ぼくを見たと思ったら、滂沱なんですよ。ダーッと涙流して。
で、いきなりね「鈴木さん、そんなこと考えてたのか」って言うから、こちらも思わず言ったセリフなんで、いったい何が起きてるのか分かんなくて。もう、止まらないわけですよ、涙が。
それで、やっぱり、一緒にやっていかなきゃしょうがないな、っていう(笑)。

まあ、激しい人ですよ。ほんとに激しい人ですから。まるで、『ナウシカ』の漫画のテーマみたいな人ですね。
一方で、あり得ないぐらい、人に対して優しい気持ちを持っている。でも、一方で、その自分の破壊衝動を抑えられない人なんで。
それの繰り返しをやってるような漫画ですよね。あの人そのものが、そうだから。

 

『ナウシカ』のエンディングは高畑勲の助言から生まれた

立花:
例の『ナウシカ』のエンディングもモメて、鈴木さんと高畑さんが、「こうしたほうが良いんじゃないか」みたいなことを言いに行く場面があるじゃないですか。

鈴木:
そうですね。

立花:
そのとき、どういう反応だったんですか?
なにか、かなり難航したみたいなことを、本でお書きになってますけど。

鈴木:
高畑さんがね、「絵コンテが完成した」と。それで、それぞれ読むわけですよね。
そしたら、高畑さんが、ぼくのとこに来て、「ちょっと相談しませんか」と。
なにかなと思ったら、要するに、このままでいいのかっていうね。
あの映画の最後、王蟲が突進してくる、そしたらナウシカが降り立つ。そしたら、王蟲が吹っ飛ばして、死んじゃったと思われたナウシカが、その後で再生するって話なんですけども。

要するに、王蟲が突進してきて、降り立った途端、王蟲の暴走が止まるっていう、それが最初の案だったんですよ。
それで、高畑さんっていうのは、そういうとき非常にクールな方なんで、「どうします?」って。
ぼくも「ちょっと、呆気ないですよね」って。

それで、何が問題になったかっていったら、「娯楽映画ですよね」って高畑さんが言い出して、娯楽映画だったらやり方っていうのは、ほんとうはいっぱいある。それで、彼が3案言い出して。
で、A案が今のままですよね、宮さんの描いたまま。2案が、死んで伝説になる。3案目が、死んでよみがえる。
その3つじゃないか、って言われて。
「鈴木さん、どう思う?」って言うから、「まあ、1本の映画として考えるなら、最後ですかね」って言ったら高畑さんが、「じゃあ、ふたり言いに行こう」って。
それで、宮さんのとこに言いに行ったんですよ。そしたら、そういうときの宮さんってね、いつもそうなんですけれど、考えないんですよ。

立花:
考えない?

鈴木:
いつもそうなんです。

立花:
どういうことです? 考えないって。

鈴木:
そのとき、僕が喋ったことをよく覚えているんですけど、聞いた瞬間「分かりました」って言うんです。
それで、何の抵抗もないんですよ、そのときは。

立花:
それは、「その通りにします」っていうことなんですか?

鈴木:
はい。いつもそうなんです。
だから、その後も、いろんなところで、そういうことがあるんですけどね。
彼は、いつもそういときは即決ですね。それで、ああだこうだ言いません。
ただ、あのラストシーンに関しては、その後、やっぱり自分でも悔いが残るって。
そこから、約30年経って、いまだに彼とね、あのラストシーンをめぐる話ってしたことないんですよね。

立花:
あぁ、そうですか。

鈴木:
あの、ぼくが彼と出会ったのが1978年で、かれこれ35年。
35年間ね、ほとんど毎日会ってるんですよ、これ大袈裟じゃなく。
それでね、ほとんど旅行も一緒だし、35年間どんなに会わなくても、最低1日に1時間とか2時間喋る、っていうのが日課なんですよ。ほんとにそうなんですよ。

で、こんだけ喋ってきてるんだけれど、あのラストシーンに関しては、触れたことは一度もないですね。
ただ、彼は、そういうね、公的なところでは、そういう(悔いが残ってる)発言するわけですよ。ぼくに届くようにね。
だから、まあ、どっかでいつか話す日がくんのかな、なんて思ってんですけどねぇ。
まあ、それがあったが故、やっぱり高畑さんが30点って言ったことも大きいけれど、あのラストシーンを、ああ変えちゃったのが、その後のナウシカの出来を作ったんじゃないですかね。
という、気がしますけれど。

 

『ナウシカ』7巻が、その後の宮崎駿に繋がっている

立花:
コミック『ナウシカ』は、ほんとう面白いですね。
結局、いろんな人に聞くと、みんな挑戦するんですね。
だけど、途中で読むの諦めたって人が多いんですね。

鈴木:
あ、そうなんですか。

立花:
ええ、うちの娘もそうです。
何人かに聞いてるんだけども、最後までついていけた人は、むしろ少数ですね。
後ろの方でね、要するにグチャグチャした、冷戦以後のところになって、ものすごく断片的に、すごいディープなことを言って、どんどんどんどん凄い話になっていくでしょ。

鈴木:
断片的なイメージだから、読者が考えなければいけないですからね。
でも、おっしゃったことは、実は露骨にね、部数になって反映してますね。
1巻目から7巻目まであるんですけれど、だんだん減っていくんですよ、部数が(笑)。

立花:
どれぐらいなんですか?

鈴木:
今ね、1400万部。7巻目は、ほんと売れてないですもんね。

いやぁ、しかし、そうですねぇ……。
あの漫画は、凄い漫画ですよね。

立花:
凄い漫画ですね。
あの7巻の手前でやめちゃう人には、分からないだろうけれども。
特に、7巻目の中で、その後(の宮崎作品)に繋がるようなことが、たくさん出てくるんですよね。
要するに、最後に「生きろ」っていうメッセージ、その一言みたいなところがあるじゃないですか。そういうのが出てくるんですよね。
それで要するに、あの映画で――あの映画って『ナウシカ』じゃなくて……。

鈴木:
『もののけ姫』。

立花:
宮さんが、作り終わってから、いろんな公式コメントを求められて、何度も言ってることは、「自分が何を作っちゃったのか、分かりません」っていうね、そういう表現がありますよね。
だから、確かにそういうふうにして出来たというかね。実際にやっているときには、自分が全部を俯瞰して、自分の作品がなんなのか、何を自分が言ったのかっていうことを、よく分かんないままに――だから、僕は『ナウシカ』の最後は、やっぱり同じじゃないかと思うんですよ。

とにかく、山のような仕事量があって、もうほんとにちょっとでもペースを緩めたら、全部ひっくり返っちゃうみたいな状況で、ほとんどめちゃくちゃな仕事してるじゃないですか。
で、それに押されて、ああいうでかいものを最後、どろどろって終わらせるね、勢いが良かったと思うんですよ。
それで、なにが言いたいのかというと、要するに7巻目で「生きろ」以外に重要なことを言っているのは、文春の解説のところに書いたんだけれども、映画の基本的文法っていうのは、要するにグッドガイとバッドガイがいて、それが基本構造ですよね。

だけど、彼がここで作り出したのは、グッドガイとバッドガイの構造では、世界はまったく見えないと。
それで、グッドガイとバッドガイの、そういう目で世界を見ることをやめさせる。そういう教育を子どもに与える、というような。それが、あの映画の、そもそもの発想というかね。
だから、善悪の基準っていうのは、すごいずれちゃうんですよね。
観れば観るほど、観る方が悩んじゃって、これどういうふうに観たらいいのか、みたいな。

鈴木:
常に二面性ですよね。

立花:
で、良いことするつもりで、悪いことやるやつが山のようにいて。
それから、悪いことするつもりで、結果として良いことするやつがいる。
そういう、簡単には善悪の図式ではまったく割り切れない構造をしてるのが、この世界だということに気がつくみたいな。
解説に書いたんですが、「清いものと汚れたものが混在しているのが、我々のこの社会なんだ」と。
その二つが、すごい強いメッセージとして、あの第7巻からスタートして。それ以後の宮崎作品に、もの凄く反映してて。
そういうところが、すごく出てきたんじゃないかなという気がするんです。

鈴木:
まあ、その後、彼の作品ではみんなそうですよね。
あの『ラピュタ』に出てくるロボット兵なんかも、そういう面もってるし。
だいたい、『ラピュタ』そのものがそうですよね。
こういう宙に浮かんでるんだけど、半分上がお城で、半分下は機械だとかね。それを会得する人だから。

 

庵野秀明がコミックの圧縮された場面を解説するような作品を作れば面白い

立花:
しかし、『ナウシカ』でも、コミックのほうは巨神兵はロボット的なものとしては、映画にも出てくるんだけど、コミックのほうでは、あれの子供が出てきてね。

鈴木:
オーマ。

立花:
ナウシカをお母さんって呼ぶんですよ。それは、すごい話なんですよ。

鈴木:
あれ自分ですよね、オーマは。

立花:
巨神兵に「お母さん」って呼ばれた場合、そのナウシカはいったい、どういう気持ちになるのかというね。そういうところに突っ込んでくるんですよ。
それで、巨神兵はめちゃくちゃな能力持ってるからね。世界を滅ぼせるんですよ。

鈴木:
立花さんがご覧になっているかどうか。
あの、「エヴァンゲリオン」っていうのがあるんですよ。

立花:
あ、知ってます。あれが、巨神兵の……ね?

鈴木:
そうなんですよ。
もう明らかに、あの『エヴァンゲリオン』っていうのは巨神兵で。
だから、庵野秀明っていうのは、『エヴァンゲリオン』を作るとき、そのネタ元は全部『ナウシカ』ですよね。

立花:
そもそも、『ナウシカ』の巨神兵を、彼は絵作り手伝ってるんですよね?

鈴木:
そうです。
だから、そこでトラウマになって、50(歳)の今日まで、そこから離れることができないんですよね。
彼から言われてるんですよ、「『ナウシカ』を、おれに監督させろ」って。
それで、宮さんも「ダメだ!」って言ってたんですけど、去年ですかね、「庵野だったら、いいかな」って言い出して。
ただ、庵野がねぇ……、さっき立花さんがおっしゃったこととも関係があるんだけど、7巻だけで三部作をやりたいって。
1~6はいらないって言ってるんですよ、あいつはもぉ……(笑)。

立花:
あぁ、そうかもしれない。それは、すごい面白いと思う。

鈴木:
ねぇ、おっしゃったことと関係ありますよねぇ。
いやぁ……、どうしようかなぁ……(笑)。

(略)

立花:
ぼくは、特にコミック『ナウシカ』が面白いですよね。
あれは、ほとんど哲学ですよね。哲学的な問題が、無数に出てくるんですよ。
だから、もうほんと、これどう考えたらいいの?っていう問題が、次々出てくるんですよ。
だから、それを論じ始めたら、すごい面白いんです。
それが、コミック上わりと圧縮するから、そのひとつひとつの場面を解説するだけでも、けっこうな尺食うような作品になりますよね。
それで、さっき言ったようにね、7巻まできて、わけわかんなくなって、ついていけなくなって読むのやめちゃいましたっていう人が、けっこういるんですよ。
だから、それをいま読める形で出すと面白いっていうか。
それで、庵野さんが、そういうのをアレするんであれば、それはそれで面白いし。

鈴木:
彼もやっぱり似たような作りかたになると思うんですよね。
結局、観てる人がとらまえきれない、なんて気がしますんでね。

風の谷のナウシカ 全7巻函入りセット
著者:宮崎駿
宮崎駿の名を広く世の中に浸透させた映画『風の谷のナウシカ』の原作コミック。映画では語られなかった、その後の世界や、ナウシカの活躍を知ることができます。

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