理化学研究所 放射光科学総合研究センターの特設サイト「SACLA」の特設コーナー「SACLA×GENIUS」にて富野由悠季監督のインタビューが掲載されています。
各界の著名人をゲストに迎え、科学技術の魅力を語るというコンセプトのもとで、理化学研究所放射光科学総合研究センター 石川哲也センター長の解説を交える形でのロングインタビューとして実施されたものです。
そのインタビューのなかで、宮崎駿監督の『風立ちぬ』について、エンジニアの観点から語っています。
『風立ちぬ』に描かれたエンジニアの現実と、宮崎駿との共通点
富野:
エンジニアリングの問題は、宮崎駿さんの『風立ちぬ』が良い例です。あれはゼロ戦を作った堀越二郎の物語ですが、同時に飛行機の発達史にもなっている。そこで描かれているのは20世紀型のエンジニアリングです。飛行機って原子力みたいに危険なものじゃないから、「試作→失敗→改良」という過程を何度も繰り返して進化してきた。ところが、SACLAでやっていることは正反対。
(略)
富野:
僕の父親はゴム製品の研究・製造を行っていました。戦時中には戦闘機や爆撃機の部品も作っていましたし、特攻兵器の研究にも関わっていたそうです。
石川:
まさに『風立ちぬ』の堀越二郎のような。
富野:
そう。父親の工場を5歳くらいのときに見学した際に、僕は、「お父ちゃんはこんな大きな機械を使って遊べていいな」って言っていたそうです。そういう話からもエンジニアっていうのは戦争になると好きでもないこともやらされている人たちだと実感できるようになりました。先生は『風立ちぬ』をご覧になりました?
石川:
まだなんですよ。見たいと思っているのですが。
富野:
ぜひご覧になってください。本当に見事な映画です。宮崎さんが描いたのはこういうことです。技術者というのは夢を持つ。美しいものが空を飛ぶ姿は素敵だ。でも、航空技術に関わったおかげで、軍事でしか自分の才能を昇華できなかった。そんな絶望の物語なんです。
――しかし、世間では恋愛映画として宣伝されていますよね?
富野:
それは一般観客へのアピールであって、本質的なことではないですね。あれは映画史上初めて、近代航空史を、そして技術者の苦悩を正面から描いた映画です。本来は僕にとって宮崎駿監督は倒すべきライバル。でも、今作はまったく逆で、映画のすべてがピターッと入ってきた。どうしてここまで航空エンジニアのことがわかるんだと思って調べたら、お父さんが「中島飛行機」の下請会社をやっていらっしゃったとか。
石川:
「中島飛行機」といえば、「隼」(堀越二郎が設計したゼロ戦と並び称される戦闘機)を開発したところですね。
富野:
つまり、僕と宮崎さんは同じような環境で育っていたんです。映画には設計ルームなどがでてきますが、その再現の細かさには舌を巻きました。『風立ちぬ』で何よりも重要なことは、飛行機というものが複葉機の初期の段階までは個人レベルで作れるものだったけど、発展していくにつれて莫大な資金が必要になり、軍事用に作らざるを得なくなってしまった。でも、イタリアにはカプローニという貴族出身の技術者がいて、個人でかなりの大型飛行機を作っていたんです。
――『風立ちぬ』の主要な登場人物の一人ですね。主人公の二郎が崇拝している。
富野:
映画にはそのカプローニと夢のなかで出会うシーンがあって、「家族みんなを連れて、好きなところに旅に出かけられたらいいね。君もそんな飛行機を作りなさい」と言われる。それで彼は「頑張ります! 僕も美しい飛行機を作ります!」と答えるんだけど、最後にもう一度カプローニに会う。堀越の“飛行機を作る”という夢は確かに実現した。「でも、僕が作ったあれは、一機も戻ってきませんでした」と彼は声を振り絞るんです。その瞬間、頭上をバーっとゼロ戦の大群が飛んでいって終わる……。(感極まって)もう本当に僕は、この物語を話しているだけで駄目なんですよ。悲しくて。
石川:
お話を聞いているだけでも、監督が言わんとすることはわかります。
富野:
宮崎監督はゼロ戦の功罪、そして技術者の功罪というのをしっかり描いているんです。僕は『風立ちぬ』を見て初めて、「単なるメカオタクじゃなかったんだな」ってわかりました。あるところで今回の制作スタンスを明言していたのですが、「軍事オタクからゼロ戦を取り戻す」という意思で作ったそうです。ネットなどでは「今さら何を言っているんだ」と叩かれていると思いますよ。でも、そのぐらい好きで、メカのことをわかっていないと、人と道具の関係性なんて正確に描けないです。
――まさに最先端技術の魅力と罪がゼロ戦に象徴されている、と。
富野:
はい。ずいぶんと話が散らかってしまいましたが、堀越のような技術者の悲劇を繰り返さないためにも、進化を至上とする20世紀型のエンジニアリングを考え直すべきだと思っています。今作っている僕の新作にも、こうした考えは反映されていますね。
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