鈴木敏夫先日、鈴木敏夫プロデューサーが出演した、「伊集院光とらじおと」を文字に起しました。
『レッドタートル ある島の物語』の宣伝のために出演したものですけども、例によって、まったく関係ない話題から突入して、高畑・宮崎両監督の話で盛り上がっています。



番組MCは伊集院光さん、アシスタントに安田美香さん。
ほぼ、これまでに聞いた話ですけども、聞き手が伊集院さんなので、面白かったです。

「鈴木敏夫と、石牟礼道子と」
本を開く勇気がでない『苦海浄土』

伊集院:
いつも来るなり、注目しているものを言ってもらうんですけどCM明けに、そこに「石牟礼道子」って名前が出てきて。この方、ちょうどぼくがNHKでやってるテレビで取り上げているんで、ぼくも知ったばかりなんですけども、すごい作家さん……作家さんって言って良いんですかね、作家の粋を超えているんですけど。

鈴木:
ぼくの手元に本が置いてあるんですけどね、ずっと読めないでいるんですよね。

伊集院:
開くの、ちょっと勇気入るような本……?

鈴木:
伊集院さんのお陰で、ちょっと読んでみようかなっていう。

伊集院:
なんか、鈴木さんが、NHKのぼくの番組を見てくださっているってことで、その『苦海浄土』って本なんですけど、水俣病について書かれた本なんです。もう、なんとも言い難い本なんです。ぼく、あれを読んで、スタジオジブリで高畑監督にアニメ化してほしいなって、ちょっと思うような。

鈴木:
ぼくも、心の隅の方で、ちょっとそれを思ってるんですけどね。いや、子供のころね、ぼくが小学生のころ、NHKのドキュメンタリーで、あの水俣のことを知るんですよね。それが、どこかでトラウマになってて、人間ってこんな怖いことがあるのかって、ずうっと残ってるんですよ。それと同時に、池澤夏樹って人が、世界文学全集? そしたら日本からただ一冊『苦海浄土』を入れてあるんですよね。
名作であることは、もうわかってて、手元にもあるんですけどね、そのページを開く勇気がないんですよ。

伊集院:
ぼくは、仕事でそれと関わって、そこで知ったことを覚えて、すぐにお蔵だしするのは恥ずかしいんですけど、水俣病に侵されてしまった人が、どれだけ水俣で、夫婦で小さな船で漁をしている生活が、どれだけ美しかったかっていう描写は、いま鈴木さんに言われて、もの凄いスタジオジブリの絵と合うというか、美しかったりとかするんですよね。
……いや、まさかのところから入っちゃって、困りましたね(笑)。

鈴木:
すいませんね。申し訳ない(笑)。
とにかく、池澤さんがね、戦後日本の文学は第一に『苦海浄土』であろうと。で、それをわかってるんですけどね、ページを開く勇気が、ぼくにはなかったんだけれど伊集院さんの番組見ながら、ちょっと背中を押された感じなんですよ。

伊集院:
ちょっといいとこ取りしてくれる番組で、見たあと「よろしければ、ちょっと読んだらどうでしょうか」って番組で、ぼくもいつも収録はさらの状態で臨んで、終わってから読むんですけども。わかって読んでも、なかなか勇気のいる、涙が止まらないような。

『火垂るの墓』は180度逆の企画から始まった

伊集院:
すごく知りたいのは、鈴木さん自体が心を動かされて、「うちにでやってみたい」って思って始まるものってあるんですか?

鈴木:
いちばん最初にそう思ったのは、『火垂るの墓』。

伊集院:
あぁ、野坂昭如さんの原作『火垂るの墓』があって……ぼくらのイメージは、高畑勲監督なり、宮崎駿監督なりが「おれがやりたい」から始まるようなイメージなんですけど、それは鈴木さんスタートのときもあるということですか?

鈴木:
ありましたね。

伊集院:
どういうふうに言うんですか?

鈴木:
『火垂るの墓』のときは、要するに戦後、「大人が元気がなかったときに、子供たちだけが元気だった」っていう企画をやろうって言ってたんですよ。で、いろいろ原作を探してたんですけど、なかなか見つからなくて。そしたら、ぼくがふと思い出したんですよね『火垂るの墓』を。18歳のとき読んだ作品。で、高畑監督に、やろうとしている企画とは180度逆だけれど、「高畑さんは読んでますか?」って聞いたら、「いや、評判は聞いてるけど読んでない」って。で、読んだ途端、「やる」って言い出したんですよ。

伊集院:
いま、とても興味深いのは、戦後、大人は敗戦のショックから立ち直れてないけど、子供は生きようとしているってところで「何かやろう」だったのに、引っかかったのは戦中に子供が頑張らざるを得ないみたいな話なんだけど。しかも、頑張りきれないみたいな話なんだけど。ある意味、スライドするんだけれど、それが高畑監督の心を打っていき、あれが出来あがっていくっていうことなんですね。

鈴木:
彼の琴線に触れたんですね。ぼくは、これをハッキリ言いますけど、高畑監督作品の中で、あれがいちばん傑作ですよね。

伊集院:
もちろん、どれがこれが、というのは差し出がましいんですけど、そう思います。凄い作品で。それは、鈴木敏夫と……プロデューサーとって話になると思うんですけどね、プロデューサーってどこまで、なにをやるのかって、全然わかってなくって。

鈴木:
いや、ぼくもほんとうは、よくわかってなくって(笑)。

伊集院:
いやいや(笑)。

『風の谷のナウシカ』をアニメにするため説得した

鈴木:
「これをやろう」っていうのは、わりとぼくのほうから言うんですよね。だから、例えば、ジブリの最初を『ナウシカ』とするなら。あれもですね、宮崎駿はアニメーションにしようと思って漫画を描いたわけじゃないんですよ。
だけど、ぼくはやっていて、一年も経たないうちに「アニメーションにしませんか?」と彼に提案し、彼を説得しましたよね。

伊集院:
あ、ふたつ返事じゃないんですね。「これは、漫画なんだよ。アニメにするつもりじゃなく描いてるんだよ」って?

鈴木:
そうです。

安田:
そのころって、ジブリにまだ正式に参加されてない?

鈴木:
というのか、ぼくは雑誌の編集者だったんですけどね、ジブリという会社は、この世にまだ欠片もないんですよ。ただ、(映画を)作ってみたくなったんですね。

伊集院:
そのころは、『アニメージュ』。ぼくらが、小・中学校のときに、アニメの大ブームが来たときに、それを支えていた、盛り上げていた雑誌『アニメージュ』の編集にいらっしゃって。担当なわけですよね。

鈴木:
そうです。

伊集院:
でも、アニメをやってみたい、作ってみたいって。

鈴木:
作ってみたくなったんですよ。
で、だいたい彼は、宮崎駿って人はそういう人なんで、映画を作るために漫画を描く、それは漫画に対して失礼である。っていうんで始めた漫画なんで、漫画にしかできないことをやってみたい。それをアニメーションにするっていうのは、違うんじゃないかって。これ、説得するのに、ずいぶん時間掛かりました。

伊集院:
それこそ、漫画から実写映画になるものもあるわけで。そう考えると、漫画とアニメはある程度近いと思うんだけど。それでも、宮崎駿からすると、「別の表現なんだ」って意識があるわけですか。

鈴木:
あったんですよ。

一枚の絵から始まった『となりのトトロ』

鈴木:
『トトロ』なんかもそうですよね。トトロっていうのは、バス停で雨の中、女の子と立ってる、その一枚の絵しかなかったんですよ。で、ぼくね、「これやろう」って言ったんですよ。

伊集院:

その段階で?(笑)

鈴木:
はい(笑)。

伊集院:
原作一枚、みたいなもんですよね、ある意味(笑)。

鈴木:
何にもないんですよ。それで、ぼくも彼が少しは考えてるのかなと思ったら、何も考えてないことが、その後判明してね(笑)。

伊集院:
プロデューサーとしたら、これだけ力のある絵があるなら、なにかしらストーリーの背景はあるでしょうよ、って思ってるわけだ。

鈴木:
そしたらね、最初の案がひどかったんですよね。どうしてかって言ったら、映画の冒頭、いきなりトトロが出てきて、サツキとメイと一緒になって遊んでるんですよね。それで、ぼくね、「どう?」って彼に聞かれて、「いや……、違うんじゃないですか」って。

伊集院:
となりどころか、その場にトトロですもんね(笑)。となりまで行く必要がないですもんね。

鈴木:
なんだか、家の中に入り込んでくるような感じだったんですよ。それでぼくは、思わず「いや、普通は……」って言ったんですよ。こういう、トトロみたいなものの登場は、「映画の真ん中だ」って。

伊集院:
定石から言えばと(笑)。

鈴木:
そしたら、「どうして?」って言うんですよ。ぼくも思いつきで言ってるわけだから、見てすぐ言わなきゃいけなかったから、「いや、『E.T.』がそうでしたよね」って。そうすると、非常に素直な人なんですよ、「なに、それじゃあ、それまでどうするの?」って。『E.T.』の場合は、身体の一部が少しずつ見える。で、真ん中らへんで、どんと出るんですよって言ったら、「あ、そうか!」って言い出したんですよ。
そしたら、でかい紙の真ん中に、線を一本引いて、真ん中にトトロ登場って書いたんですよ。「真ん中だよ、鈴木さん」って。それを、宮崎駿って人は……ぼくと宮崎駿の会話を全スタッフが聞いてるんです。これが、ぼくは、彼の凄さだと思ったんですよ。だって、みんな聞いてるんですよ。聞き耳立ててるんだから。そこで、でかい声で喋る。恥ずかしいとか、そういうこと、一切ない男。

伊集院:
そこが、ぼくは聞いてて感動するのは、選択肢があるわけじゃないですか。鈴木さんは、「普通はこうだと思います」を勇気を出して……これも勇気入るじゃないですか、「普通」ってことを言うんだから、あの天才に対して。それもとっておきの映画じゃないですよ、『E.T.』ですよ。みんなが観てるやつの話をする勇気って大切で。監督が大きくなればなるほど言えないですよ、普通のことって。言う鈴木さんと、それを聞きながら、「通すものは通す、通さないものは通さない」を普通の温度でできる宮崎駿も凄くて。

鈴木:
だから、たぶんね、友達だったんですよね、関係が。この期に及んで、宮崎駿は自分の知り合いに、ぼくを紹介するとき「プロデューサーの鈴木さんです」って言ったことがないんですよ。なんて言うかっていうと、「友人の鈴木さんです」って言うんですよ。

伊集院:
その友人関係はハイレベルだなぁ。

キャッチコピーで揉めた『かぐや姫の物語』

伊集院:
ぼくは、すごく聞きたかったのは、監督とプロデューサーで意見が違うときってあるじゃないですか。ぼくがよく覚えているのは、ポスターにつけるキャッチコピーがあるじゃないですか、あれを鈴木さんがご担当だといって。で、高畑監督が、「おれ、これじゃないと思ったんだけど」って言うんですよ。だけど、ないと思ったんだったら、強引にでも「じゃあ、おれやんないよ」って言っても良い立場だったりするじゃないですか。
だけど、違うと思っても許す、やっていい、それはプロデューサーの鈴木さんの領分だから、言っていいことと、言っちゃダメってことって、とてもアナログで、とても難しいと思うんですよ。

鈴木:
だけど、やっぱり言わなきゃいけないっていうのか。ふたりがね、見てて面白かったのは、作ることに専念。それ以外のことに口を出さない。で、よっぽどのときだけですよね、何か言うのは。まあ、ちょうど『かぐや』だったんですけどね(笑)。

伊集院:
そのよっぽどのときが(笑)。

鈴木:
そう(笑)。

伊集院:
『かぐや姫』のキャッチコピー揉めたんでしょう? これ聞きましたよ話は。

鈴木:
「姫の犯した罪と罰」

伊集院:
これを高畑監督は、絶対に嫌だったんでしょう?

鈴木:
嫌だったんですねぇ……。

伊集院:
どんな感じだったんですか?

鈴木:
嫌だって言われたら、そういうときは引っ込めるんですよ。一回は引っ込めたんですよ。で、ダミーを作ったんですよ、どうでもいいような。

伊集院:
これ、プロデューサーの腕の話になってきますよ(笑)。

鈴木:
で、二つ見せてね、「これだったら文句ないですね?」って聞いたら、「これだったら文句ない」って言うんですよ。「だけど、みんなに聞いてみたら、前のやつの方が良いって言うんですよねぇ」って。だから、なんて言うのかな、監督っていうのは、基本的にはワガママ。で、そのワガママな人と、どう付き合うかっていう問題ですよね。

伊集院:
いや、いまのさじ加減も言うのは簡単だけど。ぼくらは笑いながら聞いてるけどね、明らかにダミーだったら、絶対バレるじゃないですか。そこそこ良い……。

鈴木:
あ、そこはやりました。

伊集院:
じゃないとダメだし、それだけが通っちゃうのも困るから、微妙なところのさじ加減で、監督の自由度は侵害しないまま、みたいなところをコントロールするわけじゃないですか。

大塚康生の助言は、高畑勲も宮崎駿も子供と思え。

鈴木:
ぼくは宮崎駿って人と、確かに友達だったけれど、仕事となったら共同事業者。一緒になって仕事をやっていかなきゃいけないでしょう。彼とどう付き合うか。これまでと、関係が変わると思ったんですよ。
で、高畑勲と宮崎駿の大先輩に、大塚康生って人がいて。この人が『カリオストロの城』の絵を担当した人。この人が大先輩なんですよ。ぼく、相談に行ったんです。これから『ナウシカ』って映画を作る。で、宮さんと付き合わなきゃいけない。「なにか助言はありますか?」って言ったら、その人が教えてくれたんですよ。「鈴木さんね」って。「子供だと思えば良いんだよ」って。「宮さんにしても、高畑さんにしても、無茶を言う」と。「子供が言ってると思えば、腹立たないでしょう」って。「なるほど!」と思ったんですよ。

安田:
子供だと思って、付き合ってらっしゃる?

鈴木:
そう。今日まで、ずっとそうですよ。

伊集院:
まあでも、この子供って言葉の中には、自由と可能性もあるけど、厄介な面もいっぱいありますでしょう?

鈴木:
いや、だけどね、宮崎駿にその自覚があったってことをつい最近、知ったんですよ。というのは、ぼくのアシスタントの女性がいるんですけど。とにかく、宮崎駿・高畑勲は、ずっと無茶を言う歴史でしょう。で、その彼女が、宮崎駿に提案したんですね、言ったんですよ、「あまりにも鈴木さんが大変だ。高畑勲って、お兄ちゃんがいる。それで、宮崎駿ってお兄ちゃんもいる。末っ子の鈴木さんは大変だ」って言ったんですよ。歳が、5歳ずつくらい離れているので。
そしたら、宮崎駿がこう言ったんですよ。「鈴木さんは、末の弟じゃない。ぼくらのお父さんだ」って。

伊集院:
ちゃんと子供の自覚ありましたね。

鈴木:
あったんですよ(笑)。

伊集院:
完全にあります。確信犯ですね、今までの出来事の(笑)。

鈴木:
そうそう(笑)。だから、そのワガママを聞くっていうのが、もしかしたらプロデューサーの仕事。

報われるのは、ふたりが死んだとき。

伊集院:
『かぐや姫の物語』のときの、ぼくが驚いたワガママっていうのか、驚いたことで言うと、地井武男さんが、作品完成までに亡くなられましたでしょう。にも拘わらず、どうしても録り直したい声がおわりだったと、監督には。それで、ビックリしたのが、なにも気づかず映画を観たら、最後に三宅裕司さんのクレジットが声優さんの中にあって。自分は仕事をしたわけだから、台本を持っているわけで。三宅裕司さんなんて無いって思うし、どこに出てたかわかんないって思ってたら、どうどうと地井さんの声の足りない部分を、三宅さんがやってらっしゃる。

鈴木:
そうです。

伊集院:
それって、本来とんでもないワガママと……とんでもないことを、プロデューサーはしなきゃならないじゃないですか。

鈴木:
いや、だから、三宅さんに地井さんのこれまでのやつを全部聞かせて、「これで喋ってほしい」って。

伊集院:
お願いに行くのがプロデューサーの仕事ですよね。三宅さんに足りないパーツだけを。ものまねでやってくださいって。

鈴木:
大変なんですよ。高畑さんは、言い出したら聞かないんで。

伊集院:
「録りなおしたいんだ!」って子供じゃないですか。亡くなったんだから、地井さんは。

鈴木:
時効だから言っていいと思うんですけどね。『おもひでぽろぽろ』は、結果として今井美樹さんがやってくれたんだですけど。
最初、ぼくは今井さんのところに頼みに行ったんです。そしたら、「それはやる気がない」って言うんで、けんもほろろに断られたんで。「こういうわけで、今井さんに断られたんで、他の人を探しませんか」って言ったら、「今井さんしかできないですよ」って。

伊集院:
子供だ。でんぐり返っちゃった(笑)。「いま『妖怪ウォッチ』売切れなのよ」みたいのは聞いてくれないからね、子供はね。「あのケーキは売ってないの」なんてのも聞いてくんない(笑)。

鈴木:
そう言われたら、しょうがないじゃないですか。

伊集院:
うわぁ……、間立ちますねぇ……。それは、手を変え、品を変えになるんでしょうね。

鈴木:
うん、やりました。

伊集院:
でも、結果、それが名作になるわけじゃないですか。

鈴木:
なりましたね。

伊集院:
やっぱり、そのときですか? 報われるのは。

鈴木:
ん~……、報われてないですね、まだ(笑)。

伊集院:
じゃあ、プロデューサーが報われるのは、どういうときですか?(笑)

鈴木:
いやぁ、ふたりが死ぬときじゃないですかねぇ。

伊集院:
えっ、全部終わった! っていうとき?

鈴木:
そう(笑)。

伊集院:
そうか、じゃないと、またワガママ言うかもしれないんだ。

鈴木:
だから、ぼく長生きしなきゃいけないんですよ。

高畑勲を意識し続ける宮崎駿

鈴木:
だってね、『かぐや姫』って8年掛けたんですよ。それで、担当の、制作の西村っていうのがいてね。こいつが、「この日には完成します」って言われたんですよ。ぼくは目論んだ、何をかって言ったら、『かぐや姫』と『風立ちぬ』両方を作ってたから、もしかしたら同じに公開できるかもしれない。二本立てじゃないですよ、それぞれ別の映画館で。これは面白いと思ったんですよ、プロデューサーとして。で、やっていったじゃないですか、そしたら間に合わないんですよね。

伊集院:
さらに遅れていくわけですね。抜かれていくわけですね、今度は。

鈴木:
結局、4ヶ月ずれて公開。二人がそれぞれ作って、そして公開の終わったある日、三人になったんですよ。それで、ぼくは、それがどこかわだかまりとして残ってた。だから、つい、二人にこう言ったんですよ、「同じ日に、二人の作品を公開したかった。だけど、ダメだった」と。「こうなったら、ぼくの夢は」って言ったら、二人がパッとぼくを見たでしょう、「二人の葬式を同じ日にやりたい」って言ったんですよ。

伊集院:
同時公開。すげー、同時公開(笑)。

安田:
お二人はなんて答えたんですか?

鈴木:
宮崎駿のほうは「うん!?」って言って、高畑さんは知らん顔してましたよね。

伊集院:
同時公開ですら、善後策の善後策じゃないですか(笑)。本来だったら、予定通りきてれば、ちゃんとした順番通り公開されているはずのものが。おれは、せめて同時公開までは間に合ってくれって思ってたよ、っていう意志の……。

鈴木:
だから、合同葬をやりたい。そしたらね、宮崎駿はこう言ったんですよ。「鈴木さんさ、やっぱり最後まで生きるのは、高畑さんだよ」って。「おれと鈴木さんは、先に死ぬから」って。

伊集院:
その心はなんなんだろう?

鈴木:
「二人の弔辞を読むのは高畑さんだ」って。宮崎駿にとって、生涯、目の上のたんこぶは、高畑さんなんですよ。

伊集院:
それはライバルっていうこと? それともまたちょっと違う?

鈴木:
いちばん最初は、師弟関係。要するに、高畑さんのほうが上なんですよ。で、同僚になった、仲間になった、友達になった。15年間、二人で一緒に作品を作ってましたから。で、あるときから、ちょうど『となりのトトロ』と『火垂るの墓』のときから、ライバルになったんですよ。

伊集院:
意識はバリバリにしてるんですね。

鈴木:
バリバリです。大変だったんですよ『トトロ』のとき。もうね、バカなことばっか言ってるんですよ、宮崎駿は。『トトロ』に集中すりゃいいのにね、いろんな人を使って、「『火垂るの墓』はどこまで進んでる?」って言って調べたりね(笑)。

安田:
意外ですね。

鈴木:
そういう人なんですよ。高畑勲って人は、年が上っていうこともあるんだけど、一切気にしない。ある日ね、ぼくが『トトロ』のスタジオに行ってみたら、宮崎駿がなんかシュンとしてるんですよ。「宮さん、どうしたんですか? 元気ないですね」って言ったら、「女房に怒られちゃったんです」って言うから、「なんで?」って言ったら、「いや、うちに帰って『火垂る』の話してたら、あなた会社行ってなにしてんだって」。怒られたって(笑)。

伊集院:
ぼくは高畑さんとお会いして、一緒に仕事して思うに、高畑さんはやっぱ向うを見に行くことはしなそうですね。

鈴木:
しないしない。

伊集院:
宮崎さんは、見に行きたいと思ったことを、逆に見栄で止めない人だと思うんですよね。見に行きたいと思ったんだから、っていう感じがして。その間にいるのは、そうとう大変だなって思いますね。

近藤喜文を取り合った『となりのトトロ』と『火垂るの墓』

鈴木:
『トトロ』と『火垂る』って同時期の公開でしょう。そしたら、スタッフの取り合いになったんですよ。

伊集院:
そうか、それも起こるわけだ。

鈴木:
で、企画が決まった翌日、宮崎駿は99%のスタッフを全部抑えたんですよ。

伊集院:
お兄ちゃんとオモチャの取り合いするとき、欲しいやつ全部持っていこうとしましたね、それは(笑)。

鈴木:
実は、一人だけ、これがいちばん大事だったんですけど、近藤喜文っていう。この人だけが、「ちょっと考えさせてくれ」って。で、高畑さんはどうしたか。一切動かない。宮崎駿は、映画を作るじゃないですか、シナリオが出来て、絵コンテを作る。絵コンテが、ある程度溜まると、毎晩のように、近藤喜文の家のポストに入れに行ったんですよ。

伊集院:
キーなんだ。ほんとうに、キーなんだ、この人が。

鈴木:
来てほしい、やってほしい。

伊集院:
で、結果?

鈴木:
高畑さんに、「宮さんはこんなことしてますよ。高畑さんも近藤さんが欲しいんですよね?」「はあ」って言うんですよ。「近ちゃんいなかったら、『火垂るの墓』はできません」って。

伊集院:
しわ寄せ、鈴木さんじゃないですか! 最後のしわ寄せ、完全に鈴木さん(笑)。おれ、聞いててお腹痛くなったもん。一旦、CMを挟んで、胃薬を飲みます(笑)。

画に力があれば、音楽も効果音もいらない。

伊集院:
なにより、皆さんが聞きたいとこだと思うんですけど、「鈴木敏夫と、レッドタートルと」ということで、ジブリの新作。しかも、外国人監督なんですね。『レッドタートル ある島の物語』もう公開中ということですけど。ぼくも安田も観てきたんですけど、何とも言えない。なんかわかんないけど。

安田:
不思議な映画でした。

伊集院:
台詞はないし。プロデューサーは勇気入りますでしょ、あの映画は。

鈴木:
最初は、ほんとうは少しあったんですよ。それを、ぼくが「無くしてくれ」と。

伊集院:
へぇ、監督は?

鈴木:
監督は、それを了承してくれましたね。「ほんとうにやっていいのか?」って。一言でいうと、台詞がないほうが絵に集中できる。

伊集院:
わかります、わかります。台詞がないことで、あの人が、どこで、何人か、どうでも良くなるのは、とても良い効果なのと同時に、戸惑う人は戸惑うと思う。映画に、ちゃんと起承転結や、理屈みたいなものを一所懸命求めていくと、取り残される気はするんですけど、感じればいいかってモードになるんなら、ぼくは台詞がなくて良かったんじゃないかなって気がします。

鈴木:
絵に力があったら、ぼくは音がいらないと思ってるんですよ。極論すると音楽も、それから効果音。それは夢の映画ですよね。

伊集院:
今チラシが目の前にありますけど、このチラシには「どこから来たのか どこへ行くのか いのちは?」ってキャッチコピーが書いてあって。それから、深海から上がっていく男性の絵と、上のほうにウミガメが二匹いて、青い海の、深海のイメージのチラシなんですけど。これ、なにも知らなくて観に行くのがいいのかな?

安田:
わたしは、何も知らないで行って良かったと思いましたね。それぞれが、いろんなことを想像すると思うんですよ。受け取り方もそれぞれですし。ほんとうに、自分の解釈で、自分の感覚で観ていい映画なんだって、わたしは思いましたね。

鈴木:
お話そのものとしては、シンプルだと思ってるんですよね。要するに、自然に翻弄される人間でしょう。自然っていうのは、優しいだけじゃなくて、そうじゃない面もある。そのなかで、ひとりの男と女が出会い、小さいけれど確かな愛を育む。そして、子供が産まれ。そして、歳を取って、っていう話ですもんね。

伊集院:
ぼく、その背景となにも関係ないことを、疲れて観たせいもあって思っていて。ぼく、受験に失敗して、それまである程度順調だったぼくの人生が、受け止められない感じになってきて、もの凄い孤独なことになったんですね。それで、わりと暴力的にもなっていくし、荒んでいくんですけど。その後、一応結婚もしてみたいなことが、ずうっとこの映画の中で流れていて。ネタバレもくそもない、まったく関係ない話だから、この話。だけど、この抽象的なストーリーを見ながら、ぼくにはそれがはまったし。

鈴木:
そういう観方していただけるのが、いちばん嬉しいんですよ。

伊集院:
かみさんは、何を映画の感想でトンチンカンなことを言いだしたのって思うぐらい、かみさんの感想とは離れてるんです。だけど、それを楽しめる人は、たぶんおそらくいて良いと思います。ただ、理屈ではめようとすると、とんでもないところに連れて行かれちゃう気がするんです。

『レッドタートル』を観て、宮崎駿が元気になった。

伊集院:
監督はどんな方なんですか?

鈴木:
物静か。

伊集院:
切欠はそもそも?

鈴木:
いや、彼の作った『岸辺のふたり』っていうのがあってね。それがちょうど、西暦2000年かな? アカデミーの短編賞を取ったんですよ。たった8分の作品。それが、ぼくはもの凄く好きになっちゃって。その後、ジブリにも来てくれたので、その間に親交を深め、ある日ポツリと「長編作ってみない?」って。それを言ったのが、2006年の10月なんですよ。

伊集院:
ぼくの中ではね、長い短編のような。長編映画を観に行くぞ、どんなストーリーでなにが、って思うよりは、長い短編に任せにいこうと思う感じが、ぼくの個人的な感想としては正しいような気がしてる。

鈴木:
こんなに映画を作りたい、っていう気分に引き戻してくれた、良い作品なんですけど。それで言うと、ぼくは『ナウシカ』以来ですよね、こんな気分になったのは。だって、何も考えなくていいもん。会社を背負ってないし。

伊集院:
ああ、そうか。なるほどなるほど。

鈴木:
要するに、とにかく観てみたかったんですよ。実際、制作が遅れていくんですけど、それも一切気にならなかったし。出来た日に公開すればいい。そんな気分にさせてくれたんですよね。

伊集院:
その辺は、あの二人にも鍛えられてますしね(笑)。

鈴木:
ぼくがいちばん嬉しかったのは、宮崎駿がもの凄い刺激を受けましたよね。もう、目の色が変わったんですよね。この間、ずっと大人しくしてたのに、急に激しくなったんですよ。

伊集院:
次男は動きますかね?

鈴木:
短いものを美術館のために作ってるんですけれど、OKしていた色んなカットを、その日を境に全部リテイクですよ。

伊集院:
それは鈴木さんからすると、喜んでいいやら悪いやらですよね。

鈴木:
いや、もう良いですよ。あんだけ元気になったんだもん。それで、小さな声でぼくに、「このスタッフどこにいるの?」って。

伊集院:
あら、また欲しいオモチャができましたね、これは。

鈴木:
もう、率直に言いましたよ、「このスタッフがいれば、おれも作れる」って。

伊集院:
うわぁ、すげーな。

安田:
また次回作も期待しちゃったりなんかして。

伊集院:
是非、その一方はこの番組にまた来ていただいてということで。本日のゲスト、鈴木敏夫プロデューサーありがとうございました。

鈴木:
ありがとうございました。