崖の上のポニョ本日は、2週連続ジブリ祭の第1弾、『崖の上のポニョ』の放送です。ということで、例によって、例のごとく、金曜ロードSHOW!に合わせまして、『崖の上のポニョ』の豆知識を集めてみました。
本作は、ジブリのスタッフがモデルになっているところが多く、宮崎駿監督がいかに身近なところから着想を得て、作品に投影しているか、改めてわかります。



『崖の上のポニョ』のモチーフはアンデルセンの『人魚姫』

崖の上のポニョ アンデルセン 人魚姫

『崖の上のポニョ』の企画書には、このように記されている。

アンデルセンの『人魚姫』を今日の日本に舞台を移し、キリスト教色を払拭して、幼い子供達の愛と冒険を描く。

ただ、ヴェネツィア国際映画祭での記者会見では、宮崎から「製作中に『人魚姫』の話に似ていると気付いたものの、元来意図的にベースとしたわけではない」という旨の発言も出ている。
なお、同記者会見において宮崎は、ポニョ発想のルーツを質問され「9歳の頃初めて読んだ文字の本がアンデルセンの『人魚姫』であり、そこにある『人間には魂があるが、人魚は”物”であり魂を持たない』という価値観に納得が行かなかった事が、遡ればポニョの起点なのかもしれない」と答えている。

『崖の上のポニョ』は、企画当初『いやいやえん』だった

崖の上のポニョ いやいやえん

中川李枝子さんの児童文学、『いやいやえん』のアニメーション化という企画だったけれど、同作の舞台が保育園の物語であることから、宮崎監督は実際の保育園に興味を示すこととなる。そして、スタジオジブリ社員専用の保育所を作ってしまい、企画は中止される。児童ものというベースは残し、『崖の上のポニョ』の制作がスタートした。

『崖の上のポニョ』は、『いやいやえん』から始まった

『崖の上のポニョ』の舞台は、広島県の「鞆の浦」

崖の上のポニョ 鞆の浦

公開当時のインタビューで、宮崎監督は「鞆の浦」を舞台としていることを語っている。
また、ドキュメンタリー「『ポニョ』はこうして生まれた。」では、鞆の浦で映画の構想を練る姿が収録されている。

宮崎:
屋根瓦をいっぱい見ました。これまで、いろんな屋根を見て育ったはずなんだけど、関東の簡素なのと違って、見ているだけで面白かった。古いってのは、こういうことなんだと思いました。海も、浪々と波が寄せる太平洋と違って、さらっとしている。これも面白かった。最初は、ここを舞台にしようなんて思ってなかったんだけど、ここでいいかなって。

ポニョはこうして生まれた。 ~宮崎駿の思考過程~

嵐で荒れる波は、北イングランドの海

崖の上のポニョ

宮崎:
たまたま旅行で見た北イングランドの荒れる北海の波に刺激されました。自分の知っている太平洋の波とは違っていました。まるで無数の怪物がのたうつようです。これなら描けるかもしれないと思ったんです。
瀬戸内の波は、北海とは違って、荒れてもおだやかなものです。繊細なんです。驚いたのは、船の数の多さと水平線の高さですね。自分が想定するところより、もっと高く水平線があるんです。『ポニョ』では意識的に水平線を高く描きました。

ジブリの森とポニョの海 宮崎駿と「崖の上のポニョ」

企画当初、宗介は宮崎吾朗をモデルとしていた

崖の上のポニョ 宗介

当初は宮崎吾朗がモデルとなっていたが、次第にスタッフの息子に変わり、美術監督の吉田昇となった。
複数の人物が宗介に投影されている。

鈴木:
宮さんは最初、宗介っていうキャラを描いた時は「5歳の時の吾朗だ」って言っていたんだから。それは今、本人に言っても否定するけどね。どういうことかと言うと、宮さんはまさか吾朗君が映画を作るとは思っていなかった。宮さんとしては「なんであいつは、こんなことになっちゃったのかなあ」という想いがあって、5歳の時の吾朗君にもう一回会って話してみたい、というのがあるらしいんだよね。

(略)

最初は吾朗君だったと思うけど、途中からはあるスタッフの息子さん。この子が、ある時期毎週ジブリに遊びに来ていたんだけど、宮さんは彼を観察して、参考にしていましたね。折り紙のシーンなんて、実は彼のエピソードそのままだし。映画を観たらびっくりするんじゃないかな(笑)。

(略)

参考までに言うと、宮さんは宗介のモデルは吉田さんだとまて言っていた(笑)。

『崖の上のポニョ』ロマンアルバム

ポニョの父親、フジモトは作画監督・近藤勝也がモデル

崖の上のポニョ フジモト 近藤勝也

宮崎:
作詞をした近藤勝也はまさにフジモトそのままなんです。日本のお父さんの非常に大きな部分を象徴しているようなキャラクターなんです。

人間のポニョは、作画監督・近藤勝也の娘を参考にしている

崖の上のポニョ

明確なモデルではないが、『ポニョ』作成時、スタジオに遊びに来た近藤勝也氏の娘を見て、ポニョの参考にしている様子が『「ポニョ」はこうして生まれた。』に収録されている。

フジモトが魔法で生んだ「水魚」の声は所ジョージ

崖の上のポニョ 水魚

フジモトの声優を務めた所ジョージが、そのまま水魚の波の声も演じている。

――実は、所さんは1人2役をこなしていますね。2役目はなんだったのでしょうか?

所:
フジモトが操る「オォ?」という波の、「オォ?」は私です。
レコーディングの時に、監督もいて「所さん、ちょっとやってみてくださいよ」と言われたので、「オォ?」とやりましたけれども。でも、これは意識して観ない方がいいと思いますよ。

『崖の上のポニョ』ロマンアルバム

スタジオジブリの社員が声優として参加している

崖の上のポニョ 岸本卓(ナヨ)

水没した町の船に浮かぶ青年役を、当時、ジブリの出版部に勤めていた、岸本卓(通称ナヨ)が声優として参加している。

宮崎:
全部の登場人物をきちんとした役者で固めなきゃいけないとは思っていません。ぴったりくれば誰でもいいんです。たとえば、水没した町に浮かぶ船に乗っている青年は、いわゆる素人が演じています。最初はプロの役者さんにお願いしたんですが、ダメだったんです。それで出版部の若い父親にやってもらいました。それが、みごとに的中したんです。

また、岸本卓が声優を務めることになった経緯を、「ジブリ汗まみれ」のなかで、鈴木敏夫が語っている。

ジブリ汗まみれ – ポニョ、完成!

主題歌は、作画監督・近藤勝也による作詞

当初、宮崎監督が作詞をする予定だったが、子ども向けの曲ということで、子育て真っ最中の近藤勝也が担当することとなった。

宮崎:
私の隣で仕事をしてます近藤勝也という作画監督ですがね、ちょうどまだ3歳にならないかの子を横にしながら、子育てに悲鳴を上げつつ、この映画に関わっているんですが、(その状況が)映画の内容に非常にリンクしていたんですね。それで「詞をやらないか?」と言ったら「やりたい」と言うものですから。
そういう訳で、これは近藤勝也という人間が自分の子供を思い浮かべながらやったものです。とても面白いですね。

『崖の上のポニョ』藤岡藤巻と大橋のぞみ

主題歌は当初、オープニング曲を予定して作られた

崖の上のポニョ 主題歌

鈴木:
宮さんがあの歌を聴いて「これはエンディングの方がいい」って言い出したんですよ、「そうすればお客さんが幸せな気持ちで家に帰れる」って。むしろ宮さんは、エンディングにあの歌が流れることが成立するように、ストーリーを考えていった。久石さんの名誉のために言うと、一つの曲が本作のストーリーに影響を与えた、とも言えます。

ポニョは当初「カエル」として描く予定だった

崖の上のポニョ

カエルをキャラクターとして成立させることができず、金魚に変更された。
その理由に、「カエルというキャラクターが使われ過ぎている」ということが挙げられた。
また、ポニョの性格からいうと、カエルのほうが合うとも述べている。

ジ・アート・オブ 崖の上のポニョ

ポニョの本当の名前「ブリュンヒルデ」は、ワーグナーの影響

崖の上のポニョ

製作中に宮崎監督がワーグナーを聴きながら仕事をしていた為、その影響が出ている。
また、映画ではワルキューレの第3幕の音楽「ワルキューレの騎行」が引用されている。

ポニョはこうして生まれた。 ~宮崎駿の思考過程~

宗介の母、リサは発展途上の母親像

崖の上のポニョ リサ

宮崎駿監督いわく「発展途上の母親というか、幼い子どもを持った若い女性」とされている。
そのためか、これまでのジブリ作品の母親像と少し違う。
また、別のインタビューでは、リサについてこのように話している。

宮崎:
実際、主婦のスタッフで、家に帰ってビールをぐーっと飲んでから、ご飯を作る人もいると聞きました。「飲まずにやってられるか!」とね。まあ、こういう話をいろいろ聞いていたので、リサをそういう性格に描きました。

『崖の上のポニョ』は、ジブリ美術館短編作品の集積によって作られた

コロの犬さんぽ 水グモもんもん やどさがし

『ポニョ』製作前の短編作品、『やどさがし』『水グモもんもん』『コロの大さんぽ』には、『ポニョ』への影響が色濃く出ている。
『やどさがし』では、背景美術を含むすべての絵をシンプルにして、効果音も声で表現したアニメーションの面白さを追求した作品。ちなみに、本作で効果音を担当した矢野顕子氏は、『ポニョ』でも声優に参加している。
『水グモもんもん』は、水中の自然描写や水グモの生態などが、後の『ポニョ』の海中シーンにリンクしていく。作画は、『水グモ』と『ポニョ』共に田中敦子氏が担当している。
『コロの大さんぽ』では、美術を吉田昇氏が担当。これまで追及されてきたリアルな背景美術とは一線を画した。パステルや色鉛筆などを使った淡い絵本のような背景美術を取り入れ、『ポニョ』の美術イメージへステップボードの役割を果たした。

『崖の上のポニョ』は、ジブリ美術館短編作品によって作られた?


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