『火垂るの墓』豆知識まとめ

火垂るの墓本日の金曜ロードショー『火垂るの墓』の放送に合わせて、『火垂る』情報をまとめました。
ジブリ作品は、それぞれ作品ごとに逸話があるものですが、こうやって『火垂る』の情報だけ調べてみると一段と濃い話になってるように思いますね。高畑勲監督の作品だからでしょうか。



『火垂るの墓』と現代の子供たち

高畑勲監督は、『火垂るの墓』を現代の子供たちが戦火に巻き込まれた作品として描いています。
出典は『火垂るの墓』パンフレット。「スタジオジブリ作品関連資料集Ⅱ」と「ジブリの教科書 火垂るの墓」にも収録されています。

高畑勲:
もしいま、突然戦争がはじまり、日本が戦火に見舞われたら、両親を失った子供たちはどう生きるのだろうか。大人たちは他人の子どもたちにどう接するのだろうか。
『火垂るの墓』の清太少年は、私には、まるで現代の少年がタイムスリップして、あの不幸な時代にまぎれこんでしまったように思えてならない。そしてほとんど必然としかいいようのない成行きで妹を死なせ、ひと月してみずからも死んでいく。
中学三年生といえば、予科練や陸軍幼年学校へ入ったり、少年兵になる子供もいた年齢である。
しかし、清太は海軍大尉の長男でありながら、全く軍国少年らしいところがない。空襲で家が焼けて、妹に「どないするのん?」と聞かれ、「お父ちゃん仇とってくれるて」としか答えられない。

(略)

清太は母を失い、焼き出されて遠縁にあたる未亡人の家に身をよせる。夫の従兄である海軍大尉にひがみでもあったのか、生来の情の薄さか、未亡人はたちまち兄妹を邪魔者扱いし、冷たく当たるようになる。清太は未亡人のいやがらせやいやみに耐えることが出来ない。妹と自分の身をまもるために我慢し、ヒステリィの未亡人の前に膝を屈し、許しを乞うことが出来ない。未亡人からみれば、清太は全然可愛気のない子供だったろう。

(略)

清太はしかし、自分に完全な屈服とご機嫌とりを要求する、この泥沼のような人間関係のなかに身をおきつづけることは出来なかった。むしろ耐えがたい人間関係から身をひいて、みずから食事を別にし、横穴へ去るのである。

(略)

清太のとったこのような行動や心のうごきは、物質的に恵まれ、快・不快を対人関係や行動や存在の大きな基準とし、わずらわしい人間関係をいとう現代の青年や子供たちとどこか似てないだろうか。いや、その子供たちと時代を共有する大人たちも同じである。

 

宮崎駿と高畑勲で取り合ったコンちゃん

『となりのトトロ』と『火垂るの墓』の同時上映が決まったとき、高畑勲監督と宮崎駿監督は、天才アニメーター近藤喜文を取り合いをしている。
両者譲らない鍔迫り合いの末、製作中止の危機にまで陥ったのでした。

 

宮崎駿の『火垂るの墓』批判

『風の谷のナウシカ』の解説本『ナウシカ解読』に掲載されていた、宮崎駿監督のインタビューで、『火垂るの墓』批判が飛び出しています。

宮崎駿:
『火垂るの墓』にたいしては強烈な批判があります。あれはウソだと思います。まず、幽霊は死んだ時の姿で出てくると思いますから、ガリガリに痩せておなかが減った状態で出てくる。それから、巡洋艦の艦長の息子は絶対に飢え死にしない。それは戦争の本質をごまかしている。それは野坂昭如が飢え死にしなかったように、絶対飢え死にしない。海軍の士官というのは、確実に救済し合います、仲間同士だけで。……それは高畑勲がわかっていても、野坂昭如がウソをついているからしょうがないけれども。戦争というのは、そういうかたちで出てくるものだと僕は思いますけどね。 だから、弾が当たって死ぬのもいるけれど、結局死ぬのは貧乏人が死ぬんですよ。
……巡洋艦の艦長の息子は死なない、それを僕は許せないんですよ。日本における戦争の具体的なことをあいまいなまま、あの巨大な間違いの時期をすべて悔い改めようということでは、いっこうに戦争にたいするリアリズムが芽生えないと僕は思うんです。

 

未完のまま上映されてしまった『火垂るの墓』

『火垂るの墓』は劇場公開時、製作が間に合わず未完のまま公開されました。
TBSのバラエティ番組「水トク!」でそのときのことを鈴木敏夫プロデューサーが語っています。
ちなみに、この話は鈴木さんの著作「映画道楽」と、「ジブリの教科書 火垂るの墓」でも読むことができます。

鈴木:
『火垂るの墓』はねぇ……、僕にとってはちょっと辛い思い出なんですけどね。
みなさん、今ビデオになってると何も感じないと思うんですけど、実は封切り当時、映画が完成しなかったんですよね。

中山:
あれ未完成ですか?

鈴木:
封切り当時の作品ですよ。ところどころ、白いシーンが出てきたんですよ。

中山:
完成しないまま公開したんですか?

鈴木:
そうです。
高畑さんっていうのは、妥協しない人なんですよ。
僕なんかはね、描いてないところを詰めれば、分からないじゃないですか?
ところが、高畑さんはね、そういう人じゃないんですよ。
自分がやろうとしたのは、「これ」だからって、最後まで妥協してくれなくて。で、それを封切らざるを得なかった。

中山:
それを封切ったとき、世間はなんて言いました?

鈴木:
ほとんどの人がね、映画の効果として、それを受け止めたんですけどね。
これ実は『火垂るの墓』っていうのは、みなさん若いから分からないけども、『となりのトトロ』と『火垂るの墓』って二本立てだったんですよ。
僕、映画が出来たあと、東京渋谷の映画館にそれを観に行ったんですよ。そしたら、偶然なんですけどね、宮崎駿の弟の一家が、そこに見に来てたんですよ。
「あ、どうも」ってやってたらね、『火垂るの墓』が終わった直後、その弟がですね、ばっと立ち上がって、僕のほう振り返って、「トシちゃん、これ完成してないんじゃないの?」って言われちゃったんですよ。あれは、ビックリしましたね。


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3 Comments

  1. 二本立て企画が決まった当初、高畑監督と宮崎監督とでアニメーター争奪戦が繰り広げられたという話。面白い。が、二人から最も評価されていた近藤喜文は40代ででお亡くなりになったと

  2. 公務員最強ですな。「海軍の士官というのは、確実に救済し合います、仲間同士だけで。……それは高畑勲がわかっていても、野坂昭如がウソをついているからしょうがないけれども。」

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