バケモノの子『バケモノの子』の公開を控え、「ポスト 宮崎駿」の呼び声もある細田守監督。東映動画でアニメーターのキャリアをスタートしていますが、当初は、スタジオジブリの研修生採用試験を受けていました。
結果的には不合格となってしまうわけですが、その試験では既に才能をみせていたといいます。



絵を2枚以上描いて提出するという一次試験で、細田監督は150枚以上提出したそうです。
宮崎駿さんからは、「君のような人間をジブリに入れると、かえって君の才能を削ぐと考えて、入れるのをやめた」と書いた手紙が贈られたといいます。

納得のいかない細田監督は、「雑用係でもいいから入れてください」とジブリに問い合わせると、「今回の試験で宮崎さんが手紙を出したのは、全受験者中二人しかいない。その一人が君で、これは光栄なことだから、おとなしく諦めなさい」と言われたそうです。スタジオジブリを諦めた細田監督は、1991年に東映動画に入社します。

時は流れて2000年になると、若手の育成を模索していたスタジオジブリから、細田監督に声が掛かります。
細田作品を観て、才能を評価した宮崎駿さんから、『ハウルの動く城』の監督に抜擢され、スタジオジブリに出向くことになります。

しかし、細田守版『ハウルの動く城』は、諸事情によって制作が中止。後に制作が再開されたものの、『ハウルの動く城』を宮崎駿さんが監督・脚本を務めたのは、皆さんもご存じのとおり。

細田守版『ハウルの動く城』の頓挫

制作中止となった経緯は、明確には語られていませんが、「Cut 2010年9月号」の宮崎駿監督のインタビューで、制作スタッフが解体してしまったことが明かされています。
また、宮崎監督は、『ハウル』は若い監督がやるべきだったと漏らしていました。

――まあ、伝説の『ハウルの動く城』っていうのがありますけどね。

宮崎:
それはだから……つまりそれは『魔女の宅急便』とまったく同じなんですよ。用意したスタッフが解体しちゃったからね、しょうがないからぼくが出ていったっていう(笑)。

(略)

――宮崎さんが解体させたっていうことはないですか?

宮崎:
違いますね。それはほんとうに違います。

(略)

宮崎:
『ハウル』の場合は、心情を持って恋愛を描ける人間がやらなければいけないから、(監督は)若い人間がいいとぼくは最初に思ったんです。そうじゃないのがやったら話がややこしくなってね、なんかわけのわかんない映画になってしまうから。

(略)

お蔵入りになりそうなやつを、しょうがないから引き受けたわけです。だから頭がおかしくなってやってるという。よくないなあって、そう思いました。

「Cut 2010年9月号」決定版・宮崎駿2万字インタビュー

育った環境の違い

また、2009年に放送された「ジブリ汗まみれ」では、『サマーウォーズ』の公開を迎えた細田守監督が出演しています。このとき、鈴木敏夫プロデューサーは、この『ハウル』の企画頓挫について語りました。

鈴木:
細田君は、なぜかぼくは知り合いなんですよね。企画は喋んないほうがいいか。ある映画を作ってもらおう、ということでジブリにしばらくいてもらったことがあって。ぼくの認識では、それがあるところまで行ったんですけど、残念ながら形にはならなくて。
ぼくの認識では、ぼくらスタジオジブリの作り方、細田君は東映動画ってところで育ったっていう経緯があって、そのやり方の違い、それが大きかったかなという気がしてるんですけどね。

ジブリ汗まみれ – 夏休みスペシャル④!細田監督を迎えて

 

つながらない細田守とスタジオジブリ

この一件は、細田守監督にとって、アニメ業界で生きていけないと感じるほどの一大事件となりました。
当時のことを、「WEBアニメスタイル」のインタビューで語っています。

 

細田:
僕がジブリに行って『ハウル』を作ってる時に、その当時ジブリは『千と千尋(の神隠し)』で大変だったわけですよ。だから、『ハウル』の準備のためにジブリが割けるスタッフがいなかったの。いなかったんで、自分で集めなきゃいけなかった。作画にしろ、美術にしろね。自分が監督として、スタッフを集めていかざるをえなかったわけ。「お願いします」と言って、やってもらってたんです。僕はプロデューサーではないから、「気持ち」だけでお願いしてるわけですよね。「あなたが必要なんです」と言ってお願いしているんです。「『ハウル』は総力戦だ!」と思ってるわけだからさ、「この人がいなきゃダメだ!」と思うような人に、1人1人、お願いしてきてもらっていたんです。ところが諸事情で、プロジェクト自体がドカーンとなったわけじゃない。監督って、プロジェクトが崩壊した時に、スタッフに何かを保証できる立場にないんですよね。それが崩壊した時に、その人達に対して申し訳ないというかさ。「絶対にいいものを作ります!」と言ってたのに、公約を果たせなかった。ある意味、嘘をついちゃったわけです。裏切ったわけです。もう、誰も自分を信用してくれないだろう。映画って1人じゃ作れないからさ、本当に「もう俺は終わりだ!」と思ったんだよ(笑)。これはマジな話ね。これからは大きな事を言わずに、業界の隅っこで細々とビジネスライクにやっていこうと思ったわけですよ(苦笑)。

WEBアニメスタイル – 『ONE PIECE ―オマツリ男爵と秘密の島―』細田守インタビュー(2)

ジブリに入りたいと思い、それだけの才能がありながら、その才能故に挫折をした細田守監督。ようやく巡ってきたチャンスも、育った環境の違いが原因となって、企画が潰れてしまう。
なんだか、不思議な流れを感じます。必ずつながるような縁もあれば、またその逆もある。

しかし、秀でた才能というのは、埋没することなく、必ず花開くのかもしれません。

もし、細田守監督により『ハウルの動く城』が作られていたら、どんな作品になっていたか。
もし、細田守監督がジブリに参加していたら、どのようなキャリアを歩んでいるか。
「もし」を考えたくなる出来事ですね。

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