西村義明 川上量生 庵野秀明米林宏昌監督の最新作『メアリと魔女の花』公開記念で行なわれたトークイベント、「でほぎゃらりー 株主鼎談」の模様を文字に起しました。
でほぎゃらりーは、ドワンゴ・株式会社カラー・スタジオポノックの3社によって立ち上げられた背景美術会社で、イベントには、川上量生さん、庵野秀明さん、西村義明さんが登壇しました。



でほぎゃらりーの立ち上げ

西村:
今日は司会がいませんので、僕が司会を回さなければいけないんですけれど。皆さん、「でほぎゃらりー」ってわからないですよね? 「でほぎゃらりー 株主鼎談」ってことを書きましたけれど、庵野さん、川上さん、そして西村、僕でですね、一つのアニメーション美術会社を立ち上げようということで、立ち上げました。さかのぼると、あれは2年前くらいですね。一昨年の7月くらいでしたっけ? 立ち上げたのがそのくらいじゃないですか?

川上:
もっと前じゃないですか?

庵野:
もっと前な気がします。

川上:
そうですよね。

西村:
記憶が定かじゃないですね(笑)。でほぎゃらりーに所属されてる美術家の方々というのが、凄い優秀な美術家の方々で、2014年末にスタジオジブリの制作部門が解散して、皆さんけっこう、てんでんばらばらになったんですけど、やっぱり優れた背景美術を残すには、場所が必要だろうなということで。最初に僕が、『かぐや姫の物語』で川上さんとアカデミー賞に同行して、ロビーで話したの覚えてます?

川上:
あのときでしたっけ?

西村:
何も覚えてない(笑)。ちゃんと話さなきゃいけないですからね、これ。僕が、こういう10人ぐらいの美術会社作らないと、美術スタッフが集まらないと、優れたアニメーション映画っていうのが出来ないんじゃないか、っていうのを川上さんに提案して。金銭的体力ありませんからね、川上さんに頼ったんですけど。川上さんから、あのとき「庵野さんに協力してもらいましょう」って。

川上:
そうですね。

西村:
そのとき、なんで庵野さんの名前が上がったんでしたっけ?

川上:
それは、僕があのとき聞いた話っていうのが、僕が受け止めた話なんですけど。一つは、アニメ業界って正社員で雇ってるのは、ジブリぐらい?

西村:
そうですね、ほぼすべての工程を正社員で集めたのは。

川上:
すごい珍しくて。美術スタッフとかって、あまり会社に所属してる人はいないらしいんですよね。そうすると、ジブリが無くなったあとに、通常のアニメの製作費の中で、ジブリの美術の人が抱えられるかっていうと、そこで雲散霧消してしまう可能性があると。そういう話を聞きまして、そうするとジブリの背景スタッフを実際に使う制作スタジオって、日本でいうと、庵野さんのところ……。

庵野:
あとは、(スタジオ)地図もね。

川上:
ぐらいしかないので、やっぱりその会社で協力して作るのが良いんじゃないのか、ということで作ったということですよね。

西村:
庵野さんにお聞きしたときに、すぐに賛同いただいたような気がするんですけど。

庵野:
いや、西村君の話がなかったら、カラーで美術部を作ろうと思ってたんで。

西村:
あ、そうなんですか。

庵野:
そう、串田とか抱えちゃってたので。そういうスタジオが出来るんだったら、そっちのほうが良いと思ったので。じゃあ、それでやったほうが良い。

西村:
串田さんって、『エヴァンゲリオン』の。

庵野:
美術館とか。

川上:
結局そうなんですよね、庵野さん自身も無くしてしまうのは損失だっていうふうに。

庵野:
手描きの美術を残そうとしてたところで、ちょうど三人揃ったと。で、そこに集める人もいたんで、こりゃ、ちゃんとやろうって。

「でほぎゃらりー」の命名は、男鹿和雄

西村:
あのとき、すごい嬉しかったですよね。庵野さんも、同じ思いでいてくれたんだなっていうのもあったし。出来上がって、人が集まって、男鹿さんも協力してくれて。「でほぎゃらりー」って、なんで「でほぎゃらりー」って名前なのかっていうと、これ命名者は男鹿さんですよね? 男鹿和雄さんっていう、スタジオジブリの作品をずっとやられている方で、『となりのトトロ』とか、『もののけ姫』とか、『おもひでぽろぽろ』とか、美術監督やられていますけど。その方が、「でほぎゃらりー」って名前を付けてくれて。
あのときに、「じゃあ、名前どうしようか」って話を川上さんがされていたときに、「男鹿さんに決めてもらいましょう」って。

川上:
あぁ、そうですね。あぁ、そうそう、そう……。

西村:
全部覚えてないじゃないですか(笑)。

川上:
覚えてますよ。男鹿さんと武重さん、やっぱりこの二人が美術の人のキーになるので、この二人に協力してもらわないと、求心力が生まれないって話で。どうしようか、っていうときに名前を付けてもらって、逃げられないようにしようっていう、そういう作戦が、最初あったんだと思うんですけど(笑)。

西村:
わかりにくいかもしれませんけど、アニメーションの美術スタッフなんかは、絵を描くのが仕事で、こういう会社に所属して、マネージメントみたいなことに関わるのって、ほんと嫌な方が多いんですよ。男鹿和雄さんも、美術監督っていう仕事を、ある時期ほんと嫌がっていて。監督業務って、一人じゃできないもんで、いろんな美術スタッフを、それこそ10名から20名の美術スタッフをまとめ上げて、それをチェックして、あるいは人生相談に乗ってということをやりとりするんですよね。それが嫌で、男鹿さんなんかは、ちょっと離れた山里に暮らしてるんですけど。それで、参加してもらうには、逃げられちゃ困るっていう話が。

川上:
そうですよね。良かったですよね、協力してもらえて。それもなにか、男鹿さんが、もし自分でスタジオを作るんだったら、こんな名前にしようと思っていた名前を貰えたんですよね。それが、「でほぎゃらりー」。

西村;
「でほぎゃ」っていうのは、男鹿さんの故郷の。

川上:
秋田の方言ですよね。

西村:
「でほぎゃ」っていうのが、秋田弁で「適当」って意味らしいんですよ。これ、けっこう、大事なコンセプトかなって思うんですけど、手描きの背景の中で。アニメーションの背景っていうのは、一つひとつが美術品みたいな価値があると、僕らは思ってるんですけど。ただ、一方で、少ない期間で一本の映画を仕上げなければいけない。『メアリと魔女の花』なんかは、1282カットか3カットか忘れましたけど、その背景美術を20人弱の人間たちで描く。そうすると、時間がないわけですよね。あるところはちゃんと描いて、あるところは手を抜くんだっていう、職人の気持ちっていうか、そういうのがあるんですけど。
ただ、一方で、今日お聞きしたかったのは、川上さんはドワンゴって会社で、それこそデジタルやられていて。庵野作品は、デジタルと手描きっていうか、ご自身で実写映画を撮られるときも、デジタルのCGだけじゃなくて、特撮なんかも利用されていて。デジタルと手描きって、手描き背景の美術スタッフを集める。「でほぎゃらりー」がそうでしょうけど、それに関して、何か思いというのはあったんでしょうか?

庵野:
手描きは、これからどんどん、状況的に厳しくなっていくと思うんですよね。やっぱり、デジタルの方が効率が良いし。まあ、儲かるんで。その中で、こういう伝統工芸みたいなものは、なるべく残していきたい。「でほ」ができたときも、なるべく新人を取ってほしいと、これだけは要望して。新人が、毎年3人でも5人でも入って、それが10年、20年残ってくれれば、また次の年にも、次の年にも、小さいながらも、それが継続してくれるかなと。
手描き背景の技術と、その良さっていうのは、なるべく残していきたいなあと。廃れてはいくと思うんですよ、どうしても。主流にはなっていかないんだけど、デジタルの方が主流になってきてるんで。その中でも、そういうところで、手描きっていうものに、ちょっと抗ってほしい。それは、作画にも言えますけどね。

背景美術は、作品の世界観を決める

西村:
ちょっと、深く入り込みたいと思ってるんですけど、庵野さんがおっしゃったことで、ハッとしたのが、皆さんアニメーション映画とか、アニメーションのテレビの作品とかご覧になってると思うんですけど、庵野さんが言ってたことで、「アニメーションの画面の7割が、背景美術で出来上がっている」と。普段、アニメーションを観ていると、キャラクターに感情移入して観ていくわけでしょうから。背景美術っていうのは、それこそ背景に退いているわけで、庵野さんが背景美術ってものに対して、作品を作る側として、どういう関わり方をされているのか、あるいはどういう想いがあるのか、お聞きしたいなと思ったんですけど。

庵野:
背景美術は、その作品の世界観を決めますからね。今、トリガーにいる今石って監督が好きなんですけど、彼がやりたいのは、全部セルなんですよ。セルっていうか、線があって単色の塗りでできてる世界のアニメーションをやってみたい。

川上:
背景も含めてですか?

庵野:
ええ、背景も含めて、全部セルの絵にしたいって。で、そういうのもあれば、僕は実写の感覚もほしいので、「BGオンリー」っていうんですけど、背景だけのカットで、どれだけ長回しが持つかとかですね、そういう雰囲気をやるには背景が良いんですよ。セルで描いてるキャラクターは、どうしてもキャラクターにしかならないので。キャラクターがどういうところにいて、どういうことをしてるか、っていうのを説明するのは、やっぱり周りの風景だったり、そういうのが大事だと思うんですよ。

西村:
品格を決めるって言いますもんね、背景なんかも。

庵野:
宮崎さんとかは、美術にこだわるのはそこですよね。美術にこだわった演出と、こだわれない演出とか、美術によって分かれますから、監督の作法というか。

西村:
美術にこだわった演出?

庵野:
ええ、美術が良ければ、長回しが効くんですよ。美術が厳しいとなると、長回しがもたないんですよね。だから、カットを切り分けて、キャラクターのアップでもたせるとか。とにかく、これはこういうところです、という説明をするだけに、ずっとパンをしていくんですね。パンっていうのは、カメラがずっと動くことですけど。だから、じっくり見せない。そういう、手法にもなったりするわけですね。

西村:
それ、ちょっと聞きたいんですけど、庵野さんも絵コンテを作られてから作品に入られますよね。そうすると、美術が良い悪いでジャッジができるまえに、映画全体のカットを、ここがこうだと決めていくわけじゃないですか。

庵野:
ええ、キャラデが誰であるかと同じくらい大事なことなんですね、美監を誰がやるかというのは。美術で良いとこがやってくれるんだったら、これは長回しを入れる演出にしようと。美術に問題があったり、美術にそんなに予算とか時間が取れないんだったら、そういうのがなくても良いような、要するに美術に頼らない背景。もしくは、200カットあって、ちゃんとした背景10カットあれば良いです、あと190カットは、どんな背景でも良い、って演出をするとかですね。

『メアリと魔女の花』の背景美術について

西村:
川上さんは、ずっとジブリに、かれこれ何年ぐらい……。

川上:
もう、けっこう長いんですよね。

西村:
10年くらいなります?

川上:
10年はないですけど、6、7年。

西村:
「プロデューサー見習い」って肩書で入ってらっしゃって。ジブリ作品をずっとご覧になってきたでしょうけど、僕らはジブリを離れて映画を作ってるわけですけど。今回、美術監督が久保友孝君っていう31歳の美術監督なんですけど。若手なんですけど。川上さんが、ジブリ作品を観られてきたなかで、今回の作品の美術ってどうでしたか?

川上:
いや、僕にそういうことを聞かれても、そんなにこれといって良い悪い言えるほど絵がわからないんですけど(笑)。
ただ、僕が思ったのは、今回の「でほぎゃらりー」の話を聞いたときに思ったのは、ジブリって背景を大事にするんですよね、庵野さんも凄く大事にするんですけど。ジブリの場合は、実際にお金も掛けてますよね。だけど、アニメ業界って、美術が大事だって言ってるわりに、まったくお金掛けてないじゃないですか。全部の予算の中でも、美術の割合ってすごい少ないですよね。これはちょっと、僕の感覚では無いな、と思っていて。

僕はWebサービスやってるわけなんですけど、Webサービスだと金額決めるって、言ってみれば世の中に見せる部分ですよ。見た目だとか、そういうとこは普通すごくお金かけていいとこだけど、そういうとこはプラスαの部分なので、とてもみんな端折ることが多いという。そこの部分をなんとかする、っていうのが目的だったんだけれども。とはいえ、ジブリほど予算があったわけじゃないじゃないですか。だから、今回の作品観て、すごい安心しましたよね。

西村:
そうですか。

川上:
少なくとも、僕みたいな素人からみたら、ちゃんとジブリの背景のクオリティと違いがわからないものになってたのは良かったですよね。

西村:
庵野さんに、作品単体のことを聞くのは、庵野さん監督ですから。

庵野:
監督に聞かない方がいいですよ。

西村:
個別の背景美術。今回の背景美術って、どうご覧になりました?

庵野:
ええっとね、部屋が上手です。部屋の描写が上手だなと。

西村:
最初の?

庵野:
最初というか、全体的に。でも、もうちょっと壁紙とか凝ったほうが良いかな。もうちょっと壁紙に、フェチズムを入れたほうが良いかな。

西村:
絨毯なんかは、けっこう描き込んだりしてるんですけど(笑)。

庵野:
そう。でも、絨毯より、みんな壁にいくわけよ。だって、アップになったときの向う側って、壁じゃないですか。そんなに、床映らないから。

西村:
今回、イギリス原作なんで、最初に企画をしたときに、監督と美術監督の久保君と、それこそ美術設定の方と、イギリスに行ったときの雰囲気を出したんですけど。

庵野:
あとは、細かく言うと、もうちょっと飛ばしたほうが良いですよ。描き込みすぎなんで、全体的に。頑張りすぎた。もうちょっとメリハリがついたほうが、特にこういうアニメは良いので。

川上:
描き込みというのは、背景?

庵野:
背景。ディテールがありすぎる。ディテールのあるところとないところのメリハリがあったほうが良い。あと、光と色の使い方も、もうちょっと色々あったんじゃないかなと。でも、美監がまだ若いんで、30でこれだけ出来たら偉いもんですよ。

西村:
楽しみだと思いますね、ほんとうに。

庵野:
それは素晴らしい。これからが良いんじゃないですかね。

川上:
男鹿さんが言われてることですよね。

庵野:
もっと手を抜くやり方と、この辺は白のままで良いっていうところと、あと光をもうちょっと感じさせるには、どうすれば良いか。影を強くするとかじゃないんですよね。光源を見せるのは。そういう技術が、どんどん出てくれば、凄く良くなるんじゃないですかね。最初でこれだと、ほんとうに大したものですよ。素晴らしい。

背景美術は、情報量の操作が必要

西村:
アニメーションの背景というところで、川上さんの著作かなんかで、情報量について書いてたことがあったと思うんですけど。描き込む、描き込まないって、情報量……。

川上:
僕はそういうふうに、認識してるんで。

庵野:
僕もそういうふうに。そこは、一緒なんです。アニメーションの画面は、やっぱり情報量なんで。情報のコントロールが出来るっていうのが、アニメの一番いいところですね。実写だと、出来ますけど難しいんですよ、情報のコントロールが。お金が掛かるし。アニメの場合は、いらないものは描かなきゃ良いし。CGだと、作らなきゃ良いんですよね。
その代り、ディテールもどこまでも増やせるし、どこまでも無くすことができて、無くても別に大丈夫じゃないですか。だって、キャラクターの目がパチパチして、口が3枚で動いてるだけで、その人がそこにいると感じてくれるわけですから、お客さんが。

川上:
そこらへんは、僕は素人として、ジブリとか庵野さんから聞いた話とかを、僕なりにまとめると、アニメーションの現場って、情報量ってみんな言うんですよね。元々、情報量って言葉を使い始めたのは、庵野さんが最初らしいんですけど。
結局、お客さんが絵を見て、何を思うのかっていうのが、情報量なんですけど。基本は線の数を増やせば良いんですけど、その線を単純に増やせば良いってことじゃなくて、例えば男鹿和雄さんの絵の場合は何なのかっていうと、お客さんの見ないところっていうのがあるらしいんですよね。画面を見たときに、パッと目がいくところと、あまり視線がいかないところがあって、視線がいかないところは、徹底的に手を抜くんですよね。そして、視線がいくところだけ、とにかく描き込むという。

西村:
これが難しいんですよね。

川上:
それが、上手い人じゃないと出来ない。これって、人間がどういうふうに絵を見てるかじゃないですか。これって、僕の中では、今はやりの人工知能、ディープラーニングとかでやっている、特徴量の抽出ということと、まったく同じだなというふうに思って、話を聞いてたんですけど。

西村:
背景美術を描き込む、描き込まないというときに、それこそ今お話が出た、どこを見てどこを見てないのか、っていうのが基本的に職人によってるわけじゃないですか。なにか、技術的なものとは別に。男鹿さんに話を聞いて、すごく面白かったのが、男鹿さんって今回も優れた背景美術をいっぱい描いてくれたんですけど。「なんで、こんな背景を描けるんですか?」って話をしたときに、「男鹿さんは、いろんなことを観察されてるからでしょうね」って話をしたんですね。そしたら、「いや、それじゃないんです」って、「目の前で見ちゃダメなんだ」って言って、「目の前で見たものじゃなくて、目の端っこで捉えたものを描くと、背景美術になるんですよ」って。なんでかって言ったら、「映画の主役って、やっぱりキャラクターじゃないですか」って。人物だと。背景っていうのは、あくまで背景なんだから、「背景が主役になっちゃいけないんです」って。目の端っこで描くってことも、そんなよくわからないですよね。

川上:
いや、だから、それがね、僕からするとディープラーニングの話に、人工知能の話にしか聞こえないわけですよ。要するに、人間がどういうふうに絵を認識してるのかっていう。人間が絵を見るときに、脳に入ってくる情報量を再現するように描くってことですよね。

西村:
うん、よくわからないです(笑)。

パースを狂わせるのが宮崎駿のレイアウト

庵野:
画面のコントロールっていうのは、まずこのカットが、3秒12コマあったときに、その3秒12コマで、どれだけ認識してくれるかですよね。だから、7コマだったら、7コマで認識できる情報量をそこに与えていれば、お客さんはそれで満足するわけですよ。でも、7コマなのに、こんなに動いてて、何があったのかさっぱりわからない
って人もいるし、7コマにしては何もなかったなと思う人もいるんですよね。で、7コマっていうのは、人が認識する最低限のコマ数らしく、何かを認識させたいときは、最低限7コマないとわかんないですね。

時間と画面の何を切り取ってるか、何を映してるか、何を描いているか、っていうのがすべてコントロールできるのが映像の良いとこなんですよ。それは、音も含めてですよね。だから、お客さんにとって、どう感じてほしいか、それをなるべく誤差を少なくして見せていくコントロールには、アニメーションがいちばん向いていて。そのために、美術というのは、背景がここにあって、極端な話、キャラクターさえ見てれば良いのであれば、白コマでも良いんですよね。

背景は白でも良いし、黒でも良いんですよ。演出的に、そういうとこもあります。黒ベタっていうんですけど。BG・BLで、そこにキャラクターがいれば、お客さんはキャラクターしか見ないですよね。そういうふうに、コントロールができるんですね。

西村:
そのコントロールという点で、手描きとデジタルがあるじゃないですか。昨今、手描き背景って、皆さんわからないかもしれませんけど、今アニメーション背景の9割5分くらい、デジタル背景ですよね。

庵野:
デジタルで描かれてるとこのほうが多いですよね。

西村:
手描きで描くときの、情報量の精査というか、それとデジタルで仮に写真を参考にした場合っていうのは、写真は基本的には焦点が合ってる、そういう画ですよね。

庵野:
ええ。写真加工の場合は、基本的に引き算じゃないですか。実写で写ってるそこから、どれだけ情報を削っていけるかっていう。そういうことと、手描きの場合は、何もない白い画用紙の上に、鉛筆で線を描いて、ポスターカラーで色つけて、足し算なんですよね。どこまで足すかっていうのが、手描きのいいとこだし。描くところで、必ず誤差が出るんですよ、手で描くから。それが良いところですよね。

宮さんが言ってた、僕が『ナウシカ』のときに教わって、なるほどと思ったのが、宮崎さんって一点透視とか、二点透視、三点透視をすごく嫌がるんですよね。レイアウトを取るときに、一点透視で描いてたら、まずNGですよ。「描き直せ」って。宮崎さんは、「同心円で描け」って言うんですよね。いい加減なんですよ、パースが。だから、宮さんのレイアウトって、ほんとにいい加減なんですよね、パース的には。でも、それが良いんですよ。だから、宮崎さんのレイアウトって、宮崎さんにしか取れないですよね。

西村:
パースって、パースペクティブ、この空間が正しいかというパースペクティブなんですけど。それを狂わせるのが、ジブリのレイアウトだったっていう。

庵野:
というか、宮崎さんのレイアウトはそうなんですよ。高畑さんは、そんなの許さないですよ。

西村:
許さなかったですね。

庵野:
ええ。高畑さんは、かっちり描くじゃないですか。小津監督みたいな、畳の上3ミリにカメラ置くみたいな。そんなの、どうやってアニメーターに強要できるんだろうっていう、難しいアングルをやるじゃないですか。宮崎さんは、そんなとき、パッとカメラ上に上げちゃいますから。宮崎さんの良いところは、自分に描けないレイアウトはやらないんですよ。「ああ、面倒くさい」と思ったら、面倒くさくないカットに変えちゃいますから。高畑さんは、自分で描かないんで、それを絵描きに強要しますよね。あれが、高畑さんの凄いとこですけど。

西村:
強要しますよね。

川上:
自分がやらないと、強要できる(笑)。

庵野:
宮さんの場合は、「じゃあ、俺が描くよ」になるし、アニメーターも「じゃあ、宮崎さん描いてくださいよ」になるんですよ。

西村:
あの二人の差は、すごく面白いですよね。

庵野:
面白いです。

西村:
鈴木さんが一時期言ってたのは、「宮さんは自分で描くから、自分が描ける範囲のことでやっちゃうけど、高畑さんは自分が描かないから、みんなに要求しだす」と。そうすると、「高畑さんの現場だと、人が育つんだ」と。もう、上限を上げなければいけないので。「その二人の差があるんだよな」って言ってて。

庵野:
まあ、宮さんの下にいても、人は育たないです。

川上:
基本的に、その人の出来ることをやらせるということですか?

庵野:
宮崎さんって、自分の下駄が欲しいわけですよ。あ、こんなこと言っちゃいけないか(笑)。

庵野秀明の提案で生まれたスタジオポノック

西村:
今、お話聞いてて思い出したんですけど、僕、庵野さんとお会いしたのが、『かぐや姫』のときだと思うんですけど、あのとき『かぐや姫』の終盤で、『思い出のマーニー』って作品を作ってたんですけど、鈴木さんを介して、庵野さんがお話があるって言って。川上さんと、お二人に会ったのを思い出して。

僕らスタジオジブリが解散して、『マーニー』で最後になるみたいなことは、『かぐや姫』の終盤くらいからわかってたんですけど。そのときに、庵野さんがおまえに会いたいって言ってるよって。庵野さんとは、そのときジブリで一度ご挨拶したくらいだったので。これ、ほんとに怒られるんじゃないかなと思って。

庵野:
いやいや。

西村:
なんか、僕、どっかのメディアで、「『かぐや姫』が遅れるせいで、『エヴァンゲリオン』が遅れるだ」みたいなことを言ったことがあったんで。「アニメーター全部使っちゃってるから」っていうんで(笑)。

庵野:
あぁ、それはそうですよ。

西村:
それで、庵野さんに怒られるのかなと思って、忙しかったけども行って。で、鈴木さん座ってて、すっごいよく覚えてるんですよ。川上さん座って、庵野さん座って、僕が来て座ったんですよね。そしたら、「なんでしょうか?」って、僕は殊勝の態度でいくわけですけど、鈴木さんが「庵野、西村に話があんだろ」って言って。そのときに、庵野さんが、「ジブリの制作部門閉じたんだったら、西村さん会社を作ったらどうか」って話をお二人に頂いたんですよね。

そのときは、僕、現場が忙しかったんで、「もうなにも考えられません」ってコメントしましたけど、あのとき、庵野さんが言った言葉がすごく残ってて。庵野さんが言ってくれたのが、「宮さんの絵、僕大好きなんですよ。宮さんの絵を残したいんだ」って言ってくれたんですよ。

あと、「こういう子供が主人公で一所懸命生きていくっていう、児童文学的な流れっていうのを一つ残していきたい」って話を受けたんですよね。それは、川上さんもそれで賛同してたんだと思うんですけど。
それで僕、思い出して、でほぎゃらりー作るときに、川上さんに相談したんですよね。その経緯があったなっていうのを思い出して。そんな中で、協力していただいたんだな、っていう。

今回、実はいろんな協力をいただいてて、製作委員会にも入っていただいて、ほんとうにありがたかったんですけど。……まあ、でほぎゃらりーっていうのができあがったんですよね、その中でね、うん。

これでダメだったら終わりというプレッシャー

川上:
皆さん映画を観たあとなのに、映画の話はしなくていいんですか?

西村:
いや、映画の話は、みなさん。映画の話を……、するんですか?

川上:
いや、わからないですけども(笑)。

西村:
「アニメーションの背景美術について話をし、これまで築きあげてきた世界に誇る背景美術についてお話をしましょう」ということはしたので……。
まあね、今回、『メアリと魔女の花』どうだったでしょうか? 一生懸命作りましたが。けっこうやっぱゼロから作るって、大変でしたけどね。

庵野:
まあ、大変ですよね。

西村:
最初にスタジオ作るときも庵野さんに相談しに行って、「始められるところから始めたほうがいいよ」っていう話もしていただいたし、いろんなアドバイスをいただいたのは覚えてるんですけど。

川上:
でも、ほんとうにプレッシャー感じてますよね。

西村:
ん?

川上:
プレッシャーを感じて。なんか、すごくね、深刻な顔ずっとしてるじゃないですか。

西村:
え、僕ですか?

川上:
そうそうそう、今回。こんなの見たことないんですよ。高畑さんってほんとう大変なので、高畑さんの下のプロデューサーのときって、ほんとうにやつれてたんですけども、会ったらずっと文句を言ってたんですよ。

西村:
あははは。

川上:
で、今にしてみたら、あれはやっぱり他人事でやってた部分があったんじゃないかなと。

西村:
いやぁ、高畑さんのときは、やっぱ楽でしたね。

川上:
そうですよね。

西村:
高畑さんのときは、やっぱ、これ、自分で出てわかりますけど、なんだかんだやっぱりジブリがあるから。そして、高畑さんもいるし、鈴木さんもいるし、『かぐや姫』作りたいって言ったの高畑さんだしね。だから、他人事って言ったら他人事……(笑)。いや、高畑さんのやりたいやつを仕上げればいいんだ、っていう思いがありましたけど。

川上:
はいはいはい。

西村:
今回はね。

川上:
もう完全に自分のプロジェクト。

西村:
まあ、みんなでね、米林宏昌監督も含めて、一緒にやってったわけですけど。いや、こんな怖いことないですよね。
庵野さんは、「宮さんの絵を残したい」っておっしゃってくれたけれども。まあ、宮崎さんの絵っていうよりも、もちろん綿々と続いてきたアニメーションのキャラクターだと思うんですよ。
小田部さんもいらっしゃるし、その前に森康二さんもいらっしゃるし。その流れの中で、アニメーションのキャラクターが、どんどん変化してきたっていうのがあって。
で、米林監督も約20年間ジブリにいらっしゃったので。で、ここに、今スタジオポノックっていう会社で『メアリと魔女の花』を作ったアニメーターも、ほんとう約8割ぐらいはジブリ作品の経験者でやってきましたけど。
これがどう評価されるのかっていうのは、ほんとうに期待というよりは、怖さしかないですね。評価を受けるわけですからね。これでダメだったら、終わりですから(笑)。暗いというか、プレッシャーというか。

川上:
プレッシャーですね(笑)。

西村:
大人になんなきゃいけないんだろうなって思って、やってますけどね……。そんな違いますか?

川上:
いや、ぜんぜん違いますね。

西村:
あ、そうですか(笑)。

川上:
『かぐや姫』もつらそうだったけど、「つらそう」の意味が違いますよね。

西村:
え、いつですか?

川上:
いや、『かぐや姫』のとき。

西村:
あー、あのときはね。

川上:
あのとき、やっぱりすごいつらいけれども、サラリーマン的つらさっていう感じでしたね。

西村:
はい(笑)。今は何ですか?

川上:
今はなんか、ほんとうつらそうだなと思って(笑)。

西村:
いや、大変だったですよ、ほんとうに(笑)。

ジブリでは、事実を事細かく事実のまま覚える訓練をする

川上:
いや、あのとき、ほんとうね、「ほんとうに西村さんって強い人だ」って思ったんですけども。高畑さんのプロデューサーっていうとね、もうなかなか続かない中でやり遂げたっていうのは、「ほんとうすごい人だ」って思ってたんですけどね。……なんか(笑)。

西村:
あのときは、もうね……、もうあんま思い出したくないですよね、あれね。
すごいつらかったんでね。ほんとうに吐きそうになるんですよ、ほんとうに。一回鈴木さんが……、これ、『かぐや姫』の話してもしょうがないですよね、『メアリと魔女の花』なのに。まあ、いいや。ついでに話しちゃうと。
鈴木さんに『かぐや姫』作ってるときに、「おまえちょっとブログ書け」って言われて。「なに書くんですか?」って言ったら、「悲惨な日々書け」って言って。
で、悲惨な日々書いてくんですけど。遡るじゃないですか、どうやってプロジェクトが立ち上がってんのかって。
で、ジブリってすごくおもしろい教育があって、ジブリっていうか鈴木さんですね、「事実を事細かく、事実のまま覚えろ」っていう訓練を受けるんですよね。
その人がその発言をしたとき、どんな顔だったのかとか、どんな様子だったのかっていうのも含めて、全部記憶するんですよ。映像で記憶しちゃうんですけど。
で、だから、訓練受けてるもんですから、『かぐや姫』のときも高畑さんが言ったこととか、鈴木さんが言ったことは、全部メモってるわけですね。
で、思い出してブログに再現しようとすると、そのイメージがブワーッて浮かんできてしまって、ほんとうにきつくて。吐き気もよおして、家に帰ったりしたこともあったですからね。これ、ぜんぜん余談なんで、話してもしょうがない(笑)。

川上:
僕と一番最初に会ったのが、確かそうなんですよね。鈴木さんが、ほんとうに悩んでいて、身体にいろんな発疹とかができて。

西村:
あれ、嘘ですからね。

川上:
え、本当ですか?

西村:
鈴木さんのところに呼ばれたじゃないですか。で、川上さんがいて、製作委員会の方がいて。で、僕が「高畑さんが動かないから、鈴木さん、ちょっと愚痴聞いてくださいよ」って言いに行って。
そしたら、「おまえ、二人のほうがいい?」って言われて。「いや、べつに二人じゃなくてもいいですけど」って言って入ってったら、もう製作委員会の方が面々いるんですよ。そこで、「じゃあ、おまえ話せ」って言われて。10人ぐらいいるところで。
「話します」って言って、バーッて話してるうちに、まあ、みんな笑うわけですよね、悲惨な日々を。
で、笑ってて、バーッて話してたら、そこにある方がいて、その宣伝に関わってる方が。その方が、ストレスかなにかで……蕁麻疹でしたっけ?

川上:
でしたね。

西村:
出る方で。で、その方いたんですけど、翌朝、僕その会があって、ブワーッて話して、鈴木さんが「おもしろかった。ありがとう」って言われて。愚痴言いに行ってね、「大変なんです」って言ったんだけど、「おもしろかったよ」って言って。
その翌朝、僕ジブリに入ってって、鈴木さんと会ったら、「おまえ、ちょっと来い」って言って、で、スマホ見せられたんですよ、鈴木さんに。
そしたら、「西村さんの話が悲惨すぎて、僕はぜんぜん、まだまだ甘い、と。お陰で、蕁麻疹が直りました」って書いてあってね。「おまえの愚痴は、癒し効果がある」って言われて(笑)。

川上:
いや、そうなんですよね。みんなに聞かせたいんですよね、鈴木さんはね。そんなに苦労してたのに、今のほうがはるかにつらそうですよね(笑)。

西村:
もう10キロ痩せたんですよ。

川上:
すごいですよね。

商売を考えたほうがいい

西村:
もうね、痩せましたね……。いやー、こんな大変だとは思わなかったですね。だって、庵野さんも立ち上げられたわけですよね、カラーって会社。

庵野:
ええ。

西村:
すごい大変だったですよね?

庵野:
まあ、大変ですけど、まだ僕の場合は『エヴァ』なんで、最初が。

西村:
あー。

川上:
それはどうなんですか?(笑)。

庵野:
ある程度もう認識されてました、世間で。

西村:
そうですよね。

庵野:
だから、1から作るよりはまだ楽でしたけどね。でも、まあ、こんなにかかるとは思いませんでしたけど。そっちのほうが大変ですよね。

川上:
確かに、そういう意味では、すごい自由にやってますよね、たぶん。庵野さんみたいに締切り自由だったら、もう少し楽だった(笑)。

西村:
いや、庵野さんはいいですけど、僕ら守らないと次ないですもん、だって(笑)。

庵野:
いやいや、それは似たり寄ったりですよ。だから、最初にアドバイスしたときに「商売考えたほうがいい」って。

西村:
商売……、まあね、商売考えなきゃいけないんですけど、商売考えたことがないからなあ。それが社長になってしまったんで、ちょっとどうしようかと思ってるんですけど。あ、「でほぎゃらりー」じゃないですよ。

庵野:
あ、「でほ」は儲からないですよ。

川上:
いや、そうですよね。

庵野:
これはもう、最初に川上さんには、「儲かんないけどいいですか?」って。

西村:
僕もそう言ったんですよ。

川上:
なんでドワンゴが関わるのかって言ったら……、ちょっと唐突じゃないですか。何が役目かっていうと、赤字を補填するっていうのが、うちの役割なんですよ(笑)。それで、あの、まあ、そんなに赤字じゃないんですけど(笑)。

西村:
そんなこと言って大丈夫なんですか?(笑)。

川上:
上場企業だからね(笑)。

西村:
上場企業ですよね(笑)。

川上:
まあ、その赤字を上回るいろんな効果がある、っていう。

庵野:
いや、べらぼうな赤字にはならないですけど。

川上:
なってないですよね。全然なってない。

庵野:
ええ。

会っちゃったから協力する

庵野:
そんなに大儲けもできないのが背景作業です。どうしても生産性の問題があるので。そこに、そういうかたちで投資をするっていうのは、すごくいいことだと思いますよね。
まあ、うちも含めてですけど。これは投資なんで、お金じゃないことで還元、世の中とかアニメ業界とかに還元できればと。お金では還元できないんで。

西村:
新人も、今年三名でしたっけ?

庵野:
ええ。

川上:
そうですね。

西村:
入って、手描きの背景美術っていうのを、どんどん増えていけばいいと思うんですけど。
いや、さっき川上さんの話聞きながら、川上さんをちょっと褒めますとね。僕……、こんなところで褒めてもしょうがないんですけど、川上さんすげえな、って思ったことが一個あって。
このでほぎゃらりーの話をしに行ったときかな。川上さんが「あ、いいですよ」って言って、「協力します」って言ってくれて。
「なんで協力してくれるんですか?」って聞いたことがあったんですよ。そしたらね、「会っちゃったから」って、「会っちゃったから協力します」って言って。「こういう人かっこいいな」って思ったんですよね。

川上:
そんなこと言いましたっけ?

西村:
言った言った(笑)。いや、言ったんですよ。なんで協力してくれるのかなあって思って。

川上:
まあ、縁っていうのは言いそうですよね。

西村:
もともとだって、縁とかってよく……、そういうの大事にしてきたんですか?

川上:
いや、大事にしてきたというよりは逆で、僕は基本引きこもりなんで、人と会わないんですよ。人と会わないんで、もうとにかく会う人断ってるんですよね。そのことに対する後ろめたさがあって、それで会ってる人には、じゃあ……。

西村:
あはは。

川上:
いや、会ってる人にもちゃんとね、ほんとうはいろんな迷惑っていうか、不義理とかいっぱいやってるんですけども。
思い出したときにはちゃんとやるっていうふうに(笑)、せめて知ってる人の間はしようと思ってるんですよ。

西村:
そう。それでね、助けてくれて、ほんとう助かってますもん。

川上:
でも、でほぎゃらりーよかったですね。ほんとうおもしろいですよね。僕らもほんとう、それこそ人工知能のチームとかね、ちょっと。

西村:
あ、やってるんですか、なにか。

川上:
あ、そうです。データとか見せてもらったりとかして。すごい勉強になってますよね。

西村:
人工知能で背景美術を描くっていうことですか?

川上:
いや、そこまではいかないですけども。いろいろ参考になりますよね。

西村:
最近、Googleがなにか絵を描くみたいな、Googleの人工知能が絵を描くみたいなやつありましたよね。

川上:
はい。

西村:
ああいうのって、どこまでいけるんですかね?

川上:
いや、人間ができることは、基本的に全部できると思いますね、最終的には。

西村:
最終って……。

川上:
うーん……、いや、100年はかかんないと思うんですよ。

西村:
あ、そうですか。

川上:
はい。もっと早いと思いますけども。

西村:
ぜんぜん想像つかないですね。

川上:
そうですね。まあ、なんだけども、結局はね、やっぱりコンピュータが進化しても、コンピューターの進化って人間とは違う進化をするんだと思うんですよね。
人間と同じような人工知能を作ろうと思うと、やっぱり人間のことを学習しないとコンピューターも進化できないので。
そういう意味では、もし手描きの技術がなくなってしまった未来に、それの再現って人工知能を使ってもできない可能性って高いと思いますよね。もう別の方向に行っちゃって。

手描きの背景美術は空気を取り込める

西村:
さっきその、庵野さんが言った手描きの偶然性みたいなものとか、それこそ、庵野さんにアドバイスいただいたときに、「手描き背景あるんだったらカメラで撮ったほうがいいよ」っていうふうに。

庵野:
あぁ、はい。スキャンじゃなくってね。

西村:
背景技術って今、デジタルだったらもちろんパソコンで描くわけですけど、パソコンというか、デジタルタブレットとか、液晶タブレットで描くわけですけど、だいたいスキャナーで取り込むんですよね。「それじゃないんだ」って言って、庵野さんが。

庵野:
まあ、一眼レフかなんかで、カメラでちゃんと撮影する。

川上:
それは何が違うんですか?

庵野:
空気。

川上:
空気?

庵野:
空気とレンズ。

庵野:
カメラのレンズと。結局はデジタル情報になるんだけどね。デジカメだとね。デジタル情報にはなるんだけど。その間の取り込む過程が、やはりここに空気があると違う。それは、音が、やっぱり空気を通す音と電子音とは違う。

川上:
確かに、人間は絵を空気を通して見てますからね。描いてる人も空気を通した状態で絵を描いてますよね。

庵野:
なんとなくね、1メートルでも空気があると違う。それはもう、すごいこだわりの人にしかわからないところかもしれないですけど。

西村:
でも、ジブリでもやってましたもんね。ジブリでも背景取り込むときは、カメラで取り込んでいたし。
今回も、全部カメラで、ほんとうに手描き背景美術、全部それでやりたいなっていう思いもあったんですけど、最終的には、7分くらいかな、7パーセントくらい、ぜんぜん足りなくて。
手描きの職人が足りなかったので、デジタルの方にも手伝ってもらってやったんですけど。なんだろうな、だから悪いとかじゃなくて。適材適所な感じがしますよね。

庵野:
そうなんです。どっちでもいいんですよね。良いところがあるので。デジタルはデジタルの良いところでやればいいし、やっぱりハイブリッドが日本に合ってると思いますけどね。

西村:
今回も、やっぱり手描き背景を、それこそ「この部分を描き込もう」とか、あるいは「こうやって色を変えていこう」とか。全部手描きだけじゃなくてやってますしね。
手描きだけでやってくってときに、それってもう表現の上限が決まってしまうようなもので。デジタルがあるからこそ、保管して、なにかできたりとかしますし。

庵野:
両方混ぜるのが1番いいと思いますよ。そのためには、手描きの技術を持ってないと、できないのでね。

西村:
手描きの技術って難しくないですか? この前、美術大学の学生に会ったときに、絵を描くということをやってこられてないという方が多くて。
これね、面白かったんですけど、美術じゃなくて、僕、自宅の近くのホールで、オーケストラコンサートを聴きに行ったんですよ。お金がないもんだから、東京都の学生連合オーケストラというのを聴きに行ったんですね。
そしたら、学生連合で、オーケストレーションが8割女性だったんですよ。すごく重い楽器も含めて女性がやってて。これは一体なんでだろうなと思って。
いわゆるプロフェッショナルなオーケストラって、なにかバランスの取れてるような気がしません? 男女比っていう点で言ったら。女性がすごく多い。
今、このご時世もあるのかもしれませんけど、音大とか美大に、あんまり男性が入ってきてないんだっていうことを美大生とかからも聞いて。
その入ってきた人たちも、描いてないんですよ。紙に。描いてないっていうんです。グラフィックデザインのほうにいっちゃってて。
今回、でほぎゃらりーっていうところで、4月に新人さんが3人くらい入られましたけど、描かれてる方々がそもそも少ないっていう。絵を描くっていう作業が。
これ、面白いのが、聞いてて面白いなと思うのが、ピクサーとかディズニーに行かれる方って、それこそカルアーツっていう、「California Arts Institute」でしたっけ?  ああいうところで描いてこられてますよね。絵を知って、絵にするっていうことをわかってらっしゃる方々が、CGにも参加されていて。
一方でこちらは、日本って、どういうふうな道を歩んできてこられたかわからないけども、絵を描いてから、絵にするっていう作業をしてから、クリエイターになってきてる人が極端に減ってきている、っていう現状がある気がするんですけどね。

庵野:
まあ、なかなかもう、いま描く機会がないですもんね。そういうのもあるかもしれませんね。

司会:
みなさま、話が盛り上がっているところ大変心苦しいのですが、そろそろ終了時間が近づいてきましたので、締めのご挨拶を、お一人ずつお願いできますでしょうか?

西村:
すみません、中途半端になって(笑)。マニアックな話ばっかりしてしまって。すみませんでした、ほんとうに。

司会:
川上さんからお願いします。

川上:
はい、ということで、今日は、でほぎゃらりーの話なんですけど、でほぎゃらりーっていうのは、今日観ていただいたアニメ映画の背景にも、そのスタッフが活躍しているんですけれども、元々ジブリの背景美術をやっていた人たちを中心に作った会社です。
そういう会社があれば、今後も、僕らが作ったときは、スタジオジブリが無くなったあとに残すんだ、っていうふうに言ってたんですけど、もうスタジオジブリまた制作始めちゃいましたもんねぇ(笑)。

西村:
なんかねぇ。

川上:
これなんだったんだっていう(笑)。

庵野:
まあ、思った通り。

川上:
まあ、予想してましたけど(笑)。一応そういうために作った会社、ということで、その成果は、今日ご覧になっていただいて、みなさんどうだったかなあというふうに思っています。これからもよろしくお願いします。

司会:
それでは、庵野さんお願いいたします。

庵野:
アニメーションは、みなさんご存知のとおり、ほんとうに面白いんですよ。面白い中にもいろんな幅があっていいと思うんです。全部デジタルでね、ポリゴンとかやってますけど、そういうのも僕はいいと思います。
そういう中で、こういうジブリのケースって言うんですか、手作り感のあるような映像を残すようなスタジオとかが、僕はあったほうがいいと思うので。
だから、「でほ」も賛成してるし、もちろん僕らがアニメーションを作るときには、やはり、「でほ」にも協力してほしいし。
あと、西村君にもう1つ言ってたのは、宮崎さんの絵の系譜っていうんですか。ああいう、米林さんがやれば、誰もパクリって言わないから。

川上:
まあ、そうですね(笑)。

庵野:
「これジブリでしょ!」って言われても、「はい、そうです」って言えるのは米林さんのところだけなんですよ。

西村:
そうですね(笑)。

庵野:
だから、それを残してほしい。どうぜ、宮さんもう1回くらいやるだろうけど。中編だと思ってたら、長編になっちゃったね。まあ、たぶん中編になるんじゃないですか?

西村:
どうでしょうか。

庵野:
まあ、できるところまでやるんだろうな。それもあってですね、いろいろ残るのはいいかなぁと。そんなに商売にはならないと思いますけど、いろんなアニメーションの業界に貢献していくためにも、こういうプロジェクトというか、仕事は進めていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

司会:
最後に、西村さんお願いいたします。

西村:
『メアリと魔女の花』を作るのは大変でした。やっぱり手描きの背景を描かれる方に、一旦こだわって作ろうと思って、アニメーション映画を一本作りましたが。
実は、それこそ、こういう画面を作るときに、背景美術だけじゃないんですね。庵野さんがおっしゃっていた、宮さんのキャラクターっていうこともそうかもしれませんけど。
いろんな系譜が出てきて、森康二さん、小田部さん、宮崎駿監督、そして米林宏昌監督。キャラクターだけ似てればいいかというと違くてですね。
そのキャラクターの動きも、ジブリ独特の動きがある。で、背景美術に関しても、ジブリが培ってきた独特の背景美術というのがあって。あるいは撮影技術も、あるいは色に関してもそうなんです。
なので、こういう画面が、まずは一旦できたこと。スケジュールとかね、限界ありましたけど、できたことは、クリエイターが、みんながんばったなと思います。
『メアリと魔女の花』は、7月8日に公開しますので、ぜひみなさん、もう一回観てください。よろしくお願いします。以上です。

司会:
それでは、でほ株主、初となる記念撮影を行ないたいと思います。

川上:
初じゃなく、一回くらいやってるような気もしますけどね(笑)。

庵野:
あんまり意味のないフォトセッションですね。

西村:
おじさん三人ですからね(笑)。

庵野:
ええ。

カメラマン:
すみません、みなさんそちら(看板)に寄っていただいて。

西村:
なんか、「笑点」のようですね(笑)。

庵野:
ええ、これ(看板)がないと、何だかわからないから。

西村:
画がないですね。

庵野:
ええ、ビジュアルがないと。普通は、ここに何か……。

西村:
ポスターとかあるんですよね。

庵野:
ええ。

西村:
なんか、大丈夫なんですかね(笑)。

庵野:
まあ、載っけてくれるとこがあればいいんじゃないですか(笑)。

カメラマン:
こちら目線お願いします。

庵野:
あまり、データ無駄遣いしないほうがいいですよ。

司会:
それでは、ありがとうございました。皆さま、大きな拍手でお送りください。