米林宏昌×坂本美雨坂本美雨さんがパーソナリティを務めるFMラジオ「Dear Friends」に、先日、米林宏昌監督がゲスト出演しました。
新作『思い出のマーニー』にまつわる話をたくさんしていたので、文字に起こしました。

米林監督が『マーニー』を描くにあたり、意識したことが語られています。湿地のぬかるみや、水の冷たさなど、実際に体感したことを描こうとしたようです。宮崎監督や高畑監督が言うところの“官能性”でしょうか。存分に映像に出ていたと思います。



水の冷たさや、ぬかるみをアニメーションで再現したかった

坂本:
公開されたばかりですけど、皆さんの反応はいかがですか?

米林:
そうですね。まだ、そんなにたくさんの人の感想をきいたわけではないんですけども、「涙した」とか、温かい感想をいただいて、苦労して作った甲斐があるなと思っています。

坂本:
どれぐらいの期間をかけて、作られたんでしょう?

米林:
そうですねぇ、いちばん最初に鈴木さんから本を渡されたのは、12年の1月ですから、もう2年半くらいになりますかね。

坂本:
でも最初、この原作では難しいんじゃないかって、思われたと聞いたんですけど。

米林:
そうですね。主人公の杏奈のひとり語りで話が進むんですね。心の中の描写がずっと綴られている。そしてメインになるのは、マーニーと杏奈の会話のシーンがメインになってくるんです。もの凄くアニメーション向きでないというか。これをどういうふうにしたら、見ごたえのある画面にできるかなと、考えていたんですけど、とっても難しくて一度お断りしています。

坂本:
『思い出のマーニー』というのは、1967年に出版された元々はイギリスの児童文学なんですよね。
ちょっとお話を紹介すると、主人公の杏奈ちゃんというのは喘息で、それを療養するために北海道の綺麗な海辺の村に行くんですよね、一人で親戚の叔母さんのところに。そこで見つけたのが、湿っ地屋敷というミステリアスなお家なんですけれども、その屋敷になぜか強く心を惹かれる。そこで出会ったのが、謎の少女マーニーです。
あの金髪の美しい少女マーニーなんですけれども、このふたりの関係とか、マーニーはほんとうに実在するのかとか、最後までドキドキしますね。

米林:
かなり、ミステリな展開にもなってますので、面白い原作なんですけどね。

坂本:
とっても、北海道の自然が印象的ですよね。

米林:
原作はイギリスが舞台なんですけど、日本の北海道に舞台を移して、湿地がメインの場所になるんですけど、実際にロケに行って、美しい湿地を見てきたんですけど。その美しい湿地をどう画面に再現できるかっていうことを意識して作りました。

坂本:
湿地を意識するというのは、どういったところに?

米林:
実際に足を踏み入れて、その水の冷たさだとか、そのぬかるんだ感じとかね。そういうものを体験してきたんですけど、そういうものをアニメーションで再現することによって、主人公の杏奈が湿地のなかに歩いていく感覚みたいなものが、再現できたらなと思っていて。

坂本:
一日のあいだでも、すごく天候の移り変わりが激しかったりとか。

米林:
そうですね。潮の満ち引きがあるんですよね。引いてるときと、満ちてるときが全然違う。そういうのもロケで見てきて、それが面白い設定になるなと思って。あるときは潮が引いていて、湿っ地屋敷に歩いて渡れるんだけども、あるときは潮が満ちていて行けないと。これは、杏奈とマーニーの関係みたいなね。渡ることもできるけど、あるときは渡ることができない。そういうものが描けるんじゃないかなと思って、そういう舞台を設定しています。

坂本:
そこは特に強調されて描かれた部分だったんですね?

米林:
そうですね。やっぱり、こちら側に現実世界があって、向うに夢の世界がある、そこに行ったり来たりするお話だと思ってたんで。原作にあるものより、夢のある世界に行ったり、現実の世界に戻ってきたり、または曖昧な感じになっていたり。そういうことを描いています。

坂本:
ふたりを繋ぐボートも、ほんとうに印象的だなと思って観てました。
米林監督は、以前担当された作品というのは、『借りぐらしのアリエッティ』。2010年で、4年前ですね。

米林:
そうですね。もう4年経ったんですね。

坂本:
部屋の中の感じとかが、『思い出のマーニー』とちょっと似てるような気がしたんですけど、偶然ですか?

米林:
物がゴチャゴチャ置いてあるとかね。そういうところなんかは、けっこう見るんですね、お客さんは。部屋に何が置いてあったかなとかね。

坂本:
目に入りますね。

米林:
部屋に何を置いているかっていうのは、けっこう遊べるんですよね、絵描きとしてね。で、楽しんで描いています。

坂本:
この物語は、女の子ふたりの物語で、小さいころに寂しかったこととか、傷ついたこととか、そういったトラウマとふたりが向き合っていくような、大事なシーンがありますけれども。男の子も、もちろんそういう感情があるとは思うんですけども、この年頃の女の子独特の感情というのは、米林監督はどういうふうに想像されていったんでしょうか?

米林:
そうですね、杏奈とマーニーは12歳なんですけど、何かを描くときに自分の引き出しの中から出すしかなくてですね。だから、僕の中の少女なるものを出していくしかなくて。でも、まあ、女の子というよりも、子どもから大人になるちょうど思春期の痛々しい感じみたいなものを描きたいなと思っていて。そういうのは男とか女とかじゃなくて、みんな持ってるんじゃないかなと思って、そういうところを思い出しながら作りました。

坂本:
このポスターにもありますけど、『思い出のマーニー』でとても印象的なセリフがありますね。「あなたのことが大すき。」という。
あの、「大すき」という言葉や、「一番すき」とか「守りたい」とか、直接的な愛の表現がいっぱい出てくるなと思ったんですが。

米林:
原作にもそういう表現があって、マーニーのセリフなんかは、原作にあったセリフそのままな、ちょっと文章的な言葉で喋るんですけど。なんか、そういうのも面白い雰囲気になるかなと思って。
この年代の、ほんとちょっとあいだの物語なんだと思うんですけど、ほんとに心からストレートにコミュニケーションするっていう、時期なんじゃないかなって思って。

坂本:
そうですね。男の子とか女の子とか、異性とか同性とか関係なく、ほんとうにすきっていう、凄くピュアな気持ちがそのまま固まりとなってあるっていう年代なのかな。

米林:
主人公の杏奈っていうのは、ちょっと最初は心を閉ざしていて、人との距離をおいていて、コチコチになっているような女の子なんですけども。その杏奈が、だんだんマーニーとコミュニケーションを重ねるうちに、心がやわらかくなって、怒ったり泣いたり笑ったり、いろんな表情が出てきて、いろんな言葉が出てくる。その様子なんかも、楽しんでもらえるかなと思ってます。

坂本:
そうですね。その変化が目の前でおこなわれていくので、こう「あ、笑った、杏奈が笑った」みたいな気持ちに……。

米林:
最初は不愛想ですからね。

坂本:
でも、その不愛想さとか、不器用さを、自分でも重々わかっていて、わかっていながらコントロールできないって気持ちは、すごく自分もあったなと思い出しました。

米林:
混乱してるんですよね、心の中が。でも、それを人に伝えられなくて、結局無表情な普通の顔をしているっていう。そういう素直なんだけど、不器用な主人公です。

坂本:
私も母親に、そんなこと別に言いたいわけじゃないのに、何かきかれて「あ、別に」みたいなことしな言えなかった時期とかありました(笑)。
「別に」はよく使った言葉ですね。あはは。

米林:
そうですね。多くの人にあった時期みたいなね。大人の人だったらあった時期だし、同年代の人は現在進行形かもしれないし。多くの人に観てもらいたいですね。

坂本:
「大すき」って表現とかは、今の子どもたちは、あまり直接ぶつかって思いを伝えることっていうのは、少なくなってきてるのかなって思っていたので。

米林:
そうですね。コミュニケーションツールは、もの凄く発達していて。ソーシャルネットワークとか、もう一日中誰とでも繋がっているような状態だけれども。故に、その輪の内側とか外側とか、自分がその中で、どうやったら普通の顔でいられるか、普通の顔でいられないかとか、そういうことを意識せざるを得ないこともあったりするのかなと思って。そういうことを考えると、今日性のあるストーリーなのかなと思っています。

坂本:
そうですね。こんなふうに真っ直ぐにぶつかって、思いを伝えることっていうのは――。

米林:
やっぱり、杏奈は隠してるんですけど、ほんとはこういうふうにストレートにぶつけて、言葉をぶつけたやりとりをしたかったんじゃないかなって思ってます。

坂本:
広く、親と子ども、ふたつの世代で観てほしいなと。大人からの気持ちも観てほしいし、この子たちと同世代の思春期を迎える子どもたちも、どう感じるのかなっていのうが、楽しみな映画ですね。
この映画の中には声優さんとして、森山良子さんが登場されますけど、森山良子さんがハミングしている曲が印象的でした。

米林:
劇中歌として歌ってもらっていて、もの凄く重要な曲として参加してもらってるんですけども。
「アルハンブラの思い出」を歌ってもらってるんですけども、歌いにくいんですよね凄く。ギターで弾く曲なんですけど、歌おうとすると凄く難しい曲で。もう、森山さんの力を借りながら、そのシーンを作っていたという形でしたね。